September 11, 2006
アイディアというイメージ
マキノ出版から出す予定の本の執筆が止まっていた。
書けなくなったのではなく、書かないでちょっと待っててくれと編集者に云われたのだ。
ずっと書き続けていた原稿も気が付くと、本一冊分くらいにはなったという。
今は、溜まった原稿を並び替えながら、これならこんな本ができそうだという編集の作業段階。
待ってくれと云われたものの、この週末からずっと創作モードの私は、原稿のネタとなるアイディアが色々と湧いてきて困る。
湧かないときは、何時間イスに座っていてもなにひとつ湧かない。というより、3分とイスにじっと座っていられないのが私だ。ウルトラマン以下である。
それが、創作モードへとスイッチが入っているここ数日は、次から次へと書きたいもののアイディアが湧く。もちろんそのほとんどが駄案かもしれない。
書き留めていないから、すぐ忘れる。
それでも何度か同じようなアイディアが、別の角度から見えてきて、色々と探っていくと、さっきと素は同じアイディアだと気づく。
こういうのが、結構良かったりする。
撮りたい映画のアイディアなんかも何度となく心をよぎる。
私の場合、映画のワンシーンが浮かぶときもあれば、そのシーンを撮影しているところが浮かんできたりする。そこは、どう演出するかというカタチでアイディアが湧いてくるのだ。
アイディアとは、イメージであるといえよう。
イメージとは、なんと偉大で身近なものであろうか?
最近の自分のイメージを楽しんでいる。
イメージとは、支離滅裂なほど面白いものだ。
書けなくなったのではなく、書かないでちょっと待っててくれと編集者に云われたのだ。
ずっと書き続けていた原稿も気が付くと、本一冊分くらいにはなったという。
今は、溜まった原稿を並び替えながら、これならこんな本ができそうだという編集の作業段階。
待ってくれと云われたものの、この週末からずっと創作モードの私は、原稿のネタとなるアイディアが色々と湧いてきて困る。
湧かないときは、何時間イスに座っていてもなにひとつ湧かない。というより、3分とイスにじっと座っていられないのが私だ。ウルトラマン以下である。
それが、創作モードへとスイッチが入っているここ数日は、次から次へと書きたいもののアイディアが湧く。もちろんそのほとんどが駄案かもしれない。
書き留めていないから、すぐ忘れる。
それでも何度か同じようなアイディアが、別の角度から見えてきて、色々と探っていくと、さっきと素は同じアイディアだと気づく。
こういうのが、結構良かったりする。
撮りたい映画のアイディアなんかも何度となく心をよぎる。
私の場合、映画のワンシーンが浮かぶときもあれば、そのシーンを撮影しているところが浮かんできたりする。そこは、どう演出するかというカタチでアイディアが湧いてくるのだ。
アイディアとは、イメージであるといえよう。
イメージとは、なんと偉大で身近なものであろうか?
最近の自分のイメージを楽しんでいる。
イメージとは、支離滅裂なほど面白いものだ。





















