February 2007
February 28, 2007
いよいよ新刊発売!
いよいよ明日最新刊がでる。地域によっては本屋に並ぶのは、明後日くらいになるという話だ。発売を前にして編集者から装丁写真掲載が解禁。
なかなかシンプルで良いでしょう?
ボクはすごーく気に入っている。
中味もカラー写真が何ページか使われていて、とてもオシャレに仕上げていただいた。今回は、ショートストーリーとしての物語も書いている。
全体として、既刊の自著のなかでは一番等身大のボクが書いていると思う。
今日はずーっとカウンセリングと打ち合わせが続き、この後も深夜までカウンセリングがあるので、まずは書籍の写真をブログに載せちゃおうと思って書いている。
ぜひぜひ!みなさんも手にとって読んでみてください。
February 27, 2007
刺激的な一日
まずはインフォメーションから。
明日発売予定だった「一瞬であなたが変わるイメージング」の発売日が一日ずれ込んで、3月1日発売となった。
楽しみが一日延ばしになっちゃった。
3月1日には、「幸せなお金持ちになる」ムック本も同時発売だ。こちらには10ページほど「誌上イメージナビゲーション」の特集が掲載される。
あわせてイメージングの世界を堪能して欲しい。
さて昨日は文字通り終日のテレビ密着取材だったわけだが、なかなか刺激的な一日だった。
ずっとマイクをシャツの裏側につけていたので、トイレに行くたびにこの音を音声さんは聴いてしまっているのだろうか?・・・などとしょうもないことを心配していた。タクシーの乗り降りも撮影されていたので、走り出してから運転手が「あんた何やっている人?」と何度も後ろを振り返られたのには少し閉口した。細い道を通っているので、危なっかしくてヒヤヒヤした。
テレビの密着は始まったばかり。これからライブに向けても取材は続く。
この長丁場をリラックスし、少しでもいい表情でカメラに収められたいと思う。
3月21日のライブチケットも順調に売れているとか。テンション上げて取り組んでいこう!

明日発売予定だった「一瞬であなたが変わるイメージング」の発売日が一日ずれ込んで、3月1日発売となった。
楽しみが一日延ばしになっちゃった。
3月1日には、「幸せなお金持ちになる」ムック本も同時発売だ。こちらには10ページほど「誌上イメージナビゲーション」の特集が掲載される。
あわせてイメージングの世界を堪能して欲しい。
さて昨日は文字通り終日のテレビ密着取材だったわけだが、なかなか刺激的な一日だった。

ずっとマイクをシャツの裏側につけていたので、トイレに行くたびにこの音を音声さんは聴いてしまっているのだろうか?・・・などとしょうもないことを心配していた。タクシーの乗り降りも撮影されていたので、走り出してから運転手が「あんた何やっている人?」と何度も後ろを振り返られたのには少し閉口した。細い道を通っているので、危なっかしくてヒヤヒヤした。
テレビの密着は始まったばかり。これからライブに向けても取材は続く。
この長丁場をリラックスし、少しでもいい表情でカメラに収められたいと思う。
3月21日のライブチケットも順調に売れているとか。テンション上げて取り組んでいこう!

February 26, 2007
テレビ密着
今日は、終日テレビカメラがボクと同行。密着なのだ。別に緊張はしないが、気をつけないとよそ行きの顔になってしまう。よそ行きの顔が凛々しく格好いいのであれば、おおいによそ行き顔になるのだが、ボクのよそ行き顔はそうならない。そして、自分でもかなり違和感を感じてしまうよそ行き顔なのだ。
朝からいくつかの打ち合わせがあり、午後にはいよいよ3月21日のライブの本格的な打ち合わせある。
(チケットは今日正午より発売です。みなさんゲットしてくださーい)
夜のスクールや、その後のアカデミーと深夜まで続く。
今日も盛り沢山な一日だが、気合い入れてよそ行きの顔を避けつつ、寝癖つけたままの自然体なボクで行くぞー。
朝からいくつかの打ち合わせがあり、午後にはいよいよ3月21日のライブの本格的な打ち合わせある。
(チケットは今日正午より発売です。みなさんゲットしてくださーい)
夜のスクールや、その後のアカデミーと深夜まで続く。
今日も盛り沢山な一日だが、気合い入れてよそ行きの顔を避けつつ、寝癖つけたままの自然体なボクで行くぞー。
February 25, 2007
人に感動をあたえること
いよいよ明日の正午からボクのエンターテイメントショウのチケットが一般売り出しされる。詳細はこちらからイメージングライブ。絶対に感動していただけるエンターテイメントをするよ。このブログを読んでくれている人には、ぜひ見てもらいたいと思っている。
ところで、昨日披露宴に出席したことは書いた。そこでスピーチをしたのだけど、結構評判が良く式後何人かの人たちからわざわざ「感動した」とお褒めの言葉をいただいた。飲食のコンサルをしている人がいて「どうしたら人を感動させられるのだろうか?」と聴かれた。
もちろん色々な答えがあるだろうが、そのときボクはこんな風に答えた。
「感動とは、心が動くこと。相手の心を動かすには、こちらの心が動いていなければ絶対に無理。なにかを伝えたいというときに、心が動いていなければとんな話術に頼っても所詮相手の心を動かすところまではいかない。」
ボクは披露宴の最中に、できるだけ新郎新婦を見ていた。時折彼らと目が合うたびに微笑んだり、頷いたりしながら、アイコンタクトをとっていた。披露宴だから、祝うのではない。頼まれたから、スピーチをするのではない。
心から本当に彼らを祝福したい気持ちが沸き起こってきたから、ボクは前に出て彼らに言葉を贈ったのだ。
そのとき間違いなく、ボクの心は動いていたし、その心の動きが彼ら2人に、そして周りの人たちに伝わったんだと思う。
ところで、昨日披露宴に出席したことは書いた。そこでスピーチをしたのだけど、結構評判が良く式後何人かの人たちからわざわざ「感動した」とお褒めの言葉をいただいた。飲食のコンサルをしている人がいて「どうしたら人を感動させられるのだろうか?」と聴かれた。
もちろん色々な答えがあるだろうが、そのときボクはこんな風に答えた。
「感動とは、心が動くこと。相手の心を動かすには、こちらの心が動いていなければ絶対に無理。なにかを伝えたいというときに、心が動いていなければとんな話術に頼っても所詮相手の心を動かすところまではいかない。」
ボクは披露宴の最中に、できるだけ新郎新婦を見ていた。時折彼らと目が合うたびに微笑んだり、頷いたりしながら、アイコンタクトをとっていた。披露宴だから、祝うのではない。頼まれたから、スピーチをするのではない。
心から本当に彼らを祝福したい気持ちが沸き起こってきたから、ボクは前に出て彼らに言葉を贈ったのだ。
そのとき間違いなく、ボクの心は動いていたし、その心の動きが彼ら2人に、そして周りの人たちに伝わったんだと思う。
February 24, 2007
撲滅運動・・・・
3月21日のイメージングライブに向けて制作部が動き始めている。
このブログを読まれている方のなかにも、告知メールが届いている人がいることだろう。ぜひぜひライブ指定席をゲットしていただきたい。
さて、今朝も早くから溜まっていたメールを片づけている。毎日80通くらいだったメールが、今朝は120通くらい溜まっていたのでちょっと時間がかかってしまった。午前中にアポイントをひとつ。今日はそのままクライアント先の取締役の結婚披露宴。取締役といっても、彼がほとんど新人のときの社員教育の場からのお付き合いなので、ボクにとっては今もまだ初々しい感覚を彼に感じてしまう。
実はスピーチを指名されている。
話すことが仕事とはいえ、あらたまった場でのスピーチとなると勝手が違う。
何を話すか、今も何も考えていないが、話す内容よりもボクにとっては何を着ていこうかのほうで頭が痛い。ボクの周りでは有名な話だが、ボクはネクタイをしない。嫌いだし、似合わない。全然まったく似合わない!・・・と本人は思っている。本人が思っている以上、似合わないのだ。つまり、ボクの抱いている自分に対するセルフイメージにネクタイがまったくそぐわないのだ。
昔、俳優時代にテレビドラマのレギュラーで刑事役が決まっていたのに、撮影当日ネクタイ姿のボクを見て監督が役を変えた。それ以来、ボクはネクタイをすると首の周りにじんま疹がでる。
世の中からネクタイが無くなる運動を、ボクは密かに地下組織で行っている。
このブログを読まれている方のなかにも、告知メールが届いている人がいることだろう。ぜひぜひライブ指定席をゲットしていただきたい。
さて、今朝も早くから溜まっていたメールを片づけている。毎日80通くらいだったメールが、今朝は120通くらい溜まっていたのでちょっと時間がかかってしまった。午前中にアポイントをひとつ。今日はそのままクライアント先の取締役の結婚披露宴。取締役といっても、彼がほとんど新人のときの社員教育の場からのお付き合いなので、ボクにとっては今もまだ初々しい感覚を彼に感じてしまう。
実はスピーチを指名されている。
話すことが仕事とはいえ、あらたまった場でのスピーチとなると勝手が違う。
何を話すか、今も何も考えていないが、話す内容よりもボクにとっては何を着ていこうかのほうで頭が痛い。ボクの周りでは有名な話だが、ボクはネクタイをしない。嫌いだし、似合わない。全然まったく似合わない!・・・と本人は思っている。本人が思っている以上、似合わないのだ。つまり、ボクの抱いている自分に対するセルフイメージにネクタイがまったくそぐわないのだ。
昔、俳優時代にテレビドラマのレギュラーで刑事役が決まっていたのに、撮影当日ネクタイ姿のボクを見て監督が役を変えた。それ以来、ボクはネクタイをすると首の周りにじんま疹がでる。
世の中からネクタイが無くなる運動を、ボクは密かに地下組織で行っている。
February 23, 2007
最新刊が届いた!
本日発売の雑誌 FYTTE (フィッテ) 4月号(学研) にボクのダイエット記事が掲載。
これは先日話題になったmisonoのダイエットに絡んだ特集となっている。
ボクもまだ実物を手にしていないので、あとでなんとか本屋に行ってゲットする予定。
28日発売の自著新刊
「一瞬であなたが変わる『イメージング』夢を燃やす本」
が、一足早く手元に届いた。できたてのホヤホヤ。まさに湯気が立っている感じ。
今までのノウハウを紹介している既刊本とはひと味違う、よりボクの想いを綴った内容の本になったと思う。まだ編集部に確認とっていないので、写真をアップすることは控えるが、真っ白い装丁に真っ赤な帯。帯の写真もボクには珍しくにらみを利かせている。「眠った才能をたたき起こせ!」という文句に合わせて選ばれた写真なのだが、顔の出来不出来は仕方ないとしても、まさに今のボクからみんなに伝えたいメッセージだ。ボクらは夢を叶えるために日々暮らしている。いや、暮らしていきたいし、みんなにもそうであって欲しいと心から思っている。そして、その夢を叶える最強ツールが潜在意識なのだ。ボクの伝えたいイメージングとは、その潜在意識を上手に活用する方法。そのイメージングを使うためのコツやヒントはできる限り詰め込んでいるのが最新刊だ。いわゆる成功ノウハウ本の形式をとってはいないが、読み進めていけば、秘伝のイメージングが必ずマスターできるはず。
ボクの自信作なので、ぜひ一人でも多くの人に読んでいただきたい。
これは先日話題になったmisonoのダイエットに絡んだ特集となっている。
ボクもまだ実物を手にしていないので、あとでなんとか本屋に行ってゲットする予定。
28日発売の自著新刊
「一瞬であなたが変わる『イメージング』夢を燃やす本」
が、一足早く手元に届いた。できたてのホヤホヤ。まさに湯気が立っている感じ。
今までのノウハウを紹介している既刊本とはひと味違う、よりボクの想いを綴った内容の本になったと思う。まだ編集部に確認とっていないので、写真をアップすることは控えるが、真っ白い装丁に真っ赤な帯。帯の写真もボクには珍しくにらみを利かせている。「眠った才能をたたき起こせ!」という文句に合わせて選ばれた写真なのだが、顔の出来不出来は仕方ないとしても、まさに今のボクからみんなに伝えたいメッセージだ。ボクらは夢を叶えるために日々暮らしている。いや、暮らしていきたいし、みんなにもそうであって欲しいと心から思っている。そして、その夢を叶える最強ツールが潜在意識なのだ。ボクの伝えたいイメージングとは、その潜在意識を上手に活用する方法。そのイメージングを使うためのコツやヒントはできる限り詰め込んでいるのが最新刊だ。いわゆる成功ノウハウ本の形式をとってはいないが、読み進めていけば、秘伝のイメージングが必ずマスターできるはず。
ボクの自信作なので、ぜひ一人でも多くの人に読んでいただきたい。
February 22, 2007
ボクの気分転換法
最近は車移動の時間まで、電話で打ち合わせというアポが入っている。
自宅から事務所まで30分かかるとすると、10分くらいの電話での打ち合わせや確認作業が2本入るという始末。もちろんハンズフリーの携帯で話している。意外にボクはきちんとルールを守るのだ。
車の中では大抵音楽を大音量で聴いているか、時間によってはラジオでニュースを聴いている。さすがに大音量でニュースは聴かない。
大音量でクラッシックを聴くときはその世界に浸るし、ロックのときはこっちも大音量でシャウトしている。音楽を小さくかけているということは、まず無い。ボクにとって音楽は大音量なのだ。たまに運悪く信号で停まったりすると、隣の車の人はシャウトしているボクの喉ちんこを見てしまうことになる。少し気まずいので、そのままあくびなどに変換してその場を繕うようにしているが、それがかえって相手の苦笑を誘うことにもなる。
真夜中を過ぎて仕事を終え、身体はクタクタなのだが、頭がギンギン冴えてしまっていたりすると、真冬でも幌を開けてオープンにし、暖房を足元からガンガンにつけながら高速を飛ばす。飛ばしながら、また大口でシャウトする。ボクの口から飛び出した歌声(・・・と呼べるかどうか分からないモノ)が時速100キロ以上の風に吸い取られていく。(ルール守れ〜)
もしもボクの後ろで走っている車もオープンカーなら、ボクのシャウトを一番もろに聴くことなる。するとたぶん事故るだろうな・・・。
そんな風に風を切って気持ちよく気分転換していて、またまた運悪くトンネル内で渋滞にはまってしまうと、排気ガスを思いっ切り吸い込んでしまうことになる。
でもボクはそんなときも見えを切って歌い続ける。
「ロッカーは、排気ガスくらいで幌を閉めたりはしないのだ!」
途端に咳きこむ。
・・・少し弱っているロッカーなのだ。
自宅から事務所まで30分かかるとすると、10分くらいの電話での打ち合わせや確認作業が2本入るという始末。もちろんハンズフリーの携帯で話している。意外にボクはきちんとルールを守るのだ。
車の中では大抵音楽を大音量で聴いているか、時間によってはラジオでニュースを聴いている。さすがに大音量でニュースは聴かない。
大音量でクラッシックを聴くときはその世界に浸るし、ロックのときはこっちも大音量でシャウトしている。音楽を小さくかけているということは、まず無い。ボクにとって音楽は大音量なのだ。たまに運悪く信号で停まったりすると、隣の車の人はシャウトしているボクの喉ちんこを見てしまうことになる。少し気まずいので、そのままあくびなどに変換してその場を繕うようにしているが、それがかえって相手の苦笑を誘うことにもなる。
真夜中を過ぎて仕事を終え、身体はクタクタなのだが、頭がギンギン冴えてしまっていたりすると、真冬でも幌を開けてオープンにし、暖房を足元からガンガンにつけながら高速を飛ばす。飛ばしながら、また大口でシャウトする。ボクの口から飛び出した歌声(・・・と呼べるかどうか分からないモノ)が時速100キロ以上の風に吸い取られていく。(ルール守れ〜)
もしもボクの後ろで走っている車もオープンカーなら、ボクのシャウトを一番もろに聴くことなる。するとたぶん事故るだろうな・・・。
そんな風に風を切って気持ちよく気分転換していて、またまた運悪くトンネル内で渋滞にはまってしまうと、排気ガスを思いっ切り吸い込んでしまうことになる。
でもボクはそんなときも見えを切って歌い続ける。
「ロッカーは、排気ガスくらいで幌を閉めたりはしないのだ!」
途端に咳きこむ。
・・・少し弱っているロッカーなのだ。
February 21, 2007
ハプニング!!!
またまたハプニング!
ボクらが取り組んでいるメディアのプロジェクトに関して大きな変更があった。
社外秘なので、詳細は書くことができない。
でもプロジェクトの数だけ、ドラマがあるのは事実。たぶん2倍以上。
きっとなにかのプロジェクトを手がけ世の中に仕掛けていくということは、こうしたハプニングが必要なんだね。
日本語でいうハプニングは、予期せぬこと、何かの事件、事故というように多少ネガティブな意味にとらわれがちだが、英語のHAPPENINGには、もう少し別の意味が含まれている。良いことも悪いことも、そこに何か普段では起こらない何かが起きたときに使う。奇蹟が起きてもHAPPENINGなのだ。
いまちなみに辞書で調べてみたら、ボクの期待した事例は載っていなかった。残念ながら、辞書上の意味はほぼ日本語のそれに近い。
ボクがここでいうハプニングは、学者先生が決めた意味ではなく、使う人々の中で定義づけされていったほうの意味なのだ。
ボクは音楽が好きで、昔は特にJAZZをよく聴きにいった。
なぜなら、そこにその夜起こるかもしれないHAPPENINGを求めて、人々はライブハウスに集まっていたからだ。ボクの通ったJAZZは、即興演奏が売りのモノに限られていた。それぞれ一流のミュージシャンたちが、相手の音に自分のものを絡めていく。時に攻撃的でもあり、ときに寛容的でもある。それはそのときのすべての要素から生まれてくる偶然と必然によるコラボレーションなのだ。
終演後、チケットを買えずに外でたむろっていたファンたちは、幸運にも中に入れたボクにこう聴いてくる。
「今夜はHAPPENINGが起きたかい?」と。
ボクらが取り組んでいるメディアのプロジェクトに関して大きな変更があった。
社外秘なので、詳細は書くことができない。
でもプロジェクトの数だけ、ドラマがあるのは事実。たぶん2倍以上。
きっとなにかのプロジェクトを手がけ世の中に仕掛けていくということは、こうしたハプニングが必要なんだね。
日本語でいうハプニングは、予期せぬこと、何かの事件、事故というように多少ネガティブな意味にとらわれがちだが、英語のHAPPENINGには、もう少し別の意味が含まれている。良いことも悪いことも、そこに何か普段では起こらない何かが起きたときに使う。奇蹟が起きてもHAPPENINGなのだ。
いまちなみに辞書で調べてみたら、ボクの期待した事例は載っていなかった。残念ながら、辞書上の意味はほぼ日本語のそれに近い。
ボクがここでいうハプニングは、学者先生が決めた意味ではなく、使う人々の中で定義づけされていったほうの意味なのだ。
ボクは音楽が好きで、昔は特にJAZZをよく聴きにいった。
なぜなら、そこにその夜起こるかもしれないHAPPENINGを求めて、人々はライブハウスに集まっていたからだ。ボクの通ったJAZZは、即興演奏が売りのモノに限られていた。それぞれ一流のミュージシャンたちが、相手の音に自分のものを絡めていく。時に攻撃的でもあり、ときに寛容的でもある。それはそのときのすべての要素から生まれてくる偶然と必然によるコラボレーションなのだ。
終演後、チケットを買えずに外でたむろっていたファンたちは、幸運にも中に入れたボクにこう聴いてくる。
「今夜はHAPPENINGが起きたかい?」と。
February 20, 2007
可能性を広げるツール
3時すぎに寝て、5時すぎに起きた。最近はボクの潜在意識も、さすがに5時55分にこだわれなくなってきたようだ。気持ちのどこがが、普段よりも緊張しているのだろうか。感覚としては、目覚める直前に頭の中で考えごとが始まる。考え始めるから、仕方なく身体が目を覚ますといった感じだ。常にいくつものことが頭の中をめぐっている。かといって別にそれが苦痛というわけではない。すべてはボクの望んでいることだし、何よりもボクが意識して一生懸命そこに考えを集中しているのではない。気に留まったことのいくつかを潜在意識が考えてくれている。その考えが少しでも前に進むと、ボクの意識の最前列まで浮上してくるのだ。それが別のことをやっているときであろうが、寝ているときであろうが、お構いなしに突然ボクの意識にログインしてくる。潜在意識は24時間寝ずに活動しているんだなぁとつくづく思う。
よく忙しいときに、「自分の身体が2つあったら・・・」なんて表現をするが、少なくとも潜在意識を活用すると、身体の方は無理でも、思考のほうは何人分にも別れて、それぞれの課題を考えてくれるというのは事実である。
諸君!
これは限りなく自分の可能性を広げられる究極のツールだとは思わないかい?
よく忙しいときに、「自分の身体が2つあったら・・・」なんて表現をするが、少なくとも潜在意識を活用すると、身体の方は無理でも、思考のほうは何人分にも別れて、それぞれの課題を考えてくれるというのは事実である。
諸君!
これは限りなく自分の可能性を広げられる究極のツールだとは思わないかい?
February 19, 2007
いい芝居
書類を探していたら、芝居のチラシがでてきた。
昔の役者仲間たちから芝居のDMが頻繁に届く。
芝居も見に行ってないなぁ。
映画にもほぼ同じことが言えるのだが、芝居が始まる前のあの緊張感が大好きだ。
以前は自分も舞台側の人間として幕の向こう側で待機していたんだと思うと、さらに緊張感が高まる。
映画狂がもとで、ボクは俳優になった。実を云うと舞台を見始めたのは、俳優になってからだった。これを云うと研究所の仲間は「不心得で不謹慎な奴だ」と白い目でボクを見る。劇団に所属しているのだから舞台を見なきゃと役者に成り立てのころ、いくつか足を運んでいみたが、正直あまり面白いと思えるものがなく、不完全燃焼がいやで、帰りに映画館に駆け込んでレイトショウを見て帰ってきたこともあった。
それくらい、舞台には当たりはずれというか、好き嫌いで明暗分かれるところが映画よりもあるようだ。初めて舞台って面白いと思ったのは、自分の劇団の何本目かの芝居。当時研究生だったボクは、勉強のためにと劇場に送り込まれてタダで芝居を見ていた。そのとき見た「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」という芝居は、その迫力で完全に度肝を抜かれた。
いつかこんな舞台に出てみたいなぁと思っていたら、その一年後にかみかけての演出家鈴木完一郎氏の舞台で主役に抜擢された。
久しぶりにいい芝居と出会いたい、そんな想いで今日も仕事をしている。
昔の役者仲間たちから芝居のDMが頻繁に届く。
芝居も見に行ってないなぁ。
映画にもほぼ同じことが言えるのだが、芝居が始まる前のあの緊張感が大好きだ。
以前は自分も舞台側の人間として幕の向こう側で待機していたんだと思うと、さらに緊張感が高まる。
映画狂がもとで、ボクは俳優になった。実を云うと舞台を見始めたのは、俳優になってからだった。これを云うと研究所の仲間は「不心得で不謹慎な奴だ」と白い目でボクを見る。劇団に所属しているのだから舞台を見なきゃと役者に成り立てのころ、いくつか足を運んでいみたが、正直あまり面白いと思えるものがなく、不完全燃焼がいやで、帰りに映画館に駆け込んでレイトショウを見て帰ってきたこともあった。
それくらい、舞台には当たりはずれというか、好き嫌いで明暗分かれるところが映画よりもあるようだ。初めて舞台って面白いと思ったのは、自分の劇団の何本目かの芝居。当時研究生だったボクは、勉強のためにと劇場に送り込まれてタダで芝居を見ていた。そのとき見た「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」という芝居は、その迫力で完全に度肝を抜かれた。
いつかこんな舞台に出てみたいなぁと思っていたら、その一年後にかみかけての演出家鈴木完一郎氏の舞台で主役に抜擢された。
久しぶりにいい芝居と出会いたい、そんな想いで今日も仕事をしている。
February 18, 2007
マックのポテト
一週間の間に定例となっているミーティングがいくつかある。
定例なので、何も無いときはどうするのだろう?くらいに思っていたのだが、とんでもなかった。次から次へと色々な案件、課題があがる。よくこうも話し合うことがあるモノだと感心するときもある。
昨日の会議では、これからの動きをそれぞれの担当スタッフが確認していた。APの大島女史は「3月の自分が恐い〜」と今以上の過密スケジュール必至の予測を前に少し腰が引けぎみだった。
大きなイベントとして、3月21日のライブと、テレビがその制作過程を密着で収録していくということがある。それに加えて、2つ、3つ、本やそのほかのメディアでの制作モノがある。ボクにとっては、ライブの中味を錬っていくことと、本の執筆でかなりの時間が取られていくだろう。ライブと執筆なんて、まさにボクの日頃から望んでいるところなので大いに鼻息が荒くなっていくところ・・・だが、これ以外にもまだまだプロジェクトは増えていく予定。こういうときは、現在未定のものもたぶん決まっていってしまうのだろう。そういうものだ。
現在、楽しみが90%。不安が5%。
よく現状が分かっていなく、ピンときていないのが、5%というところか。
演出家とも段々とお互いの時間がとれなくなり、MTVでの収録を終え、近くのマックに駆け込んで打ち合わせをした。
ボクは朝から何も食べていなかったので、(マックで会ったのは夕方5時半・・・)ポテトを頼んだ。そしたら、何種類か味付けを選べと云う。マックのポテトは、正統な塩味に決まっているではないかと意見を主張していると、「いいから早く頼みなさい。頼んでおいて振りかけなきゃいいんだから。」と演出家に語気を強めてたしなめられた。
あ、そう。味付けはオプションなのね。それ早く云ってよ。知らないもん、こっちは。それなら、ボクも色々と試してみたいし。次回マックに行ったら、別の味付けを楽しんでみよう。
定例なので、何も無いときはどうするのだろう?くらいに思っていたのだが、とんでもなかった。次から次へと色々な案件、課題があがる。よくこうも話し合うことがあるモノだと感心するときもある。
昨日の会議では、これからの動きをそれぞれの担当スタッフが確認していた。APの大島女史は「3月の自分が恐い〜」と今以上の過密スケジュール必至の予測を前に少し腰が引けぎみだった。
大きなイベントとして、3月21日のライブと、テレビがその制作過程を密着で収録していくということがある。それに加えて、2つ、3つ、本やそのほかのメディアでの制作モノがある。ボクにとっては、ライブの中味を錬っていくことと、本の執筆でかなりの時間が取られていくだろう。ライブと執筆なんて、まさにボクの日頃から望んでいるところなので大いに鼻息が荒くなっていくところ・・・だが、これ以外にもまだまだプロジェクトは増えていく予定。こういうときは、現在未定のものもたぶん決まっていってしまうのだろう。そういうものだ。
現在、楽しみが90%。不安が5%。
よく現状が分かっていなく、ピンときていないのが、5%というところか。
演出家とも段々とお互いの時間がとれなくなり、MTVでの収録を終え、近くのマックに駆け込んで打ち合わせをした。
ボクは朝から何も食べていなかったので、(マックで会ったのは夕方5時半・・・)ポテトを頼んだ。そしたら、何種類か味付けを選べと云う。マックのポテトは、正統な塩味に決まっているではないかと意見を主張していると、「いいから早く頼みなさい。頼んでおいて振りかけなきゃいいんだから。」と演出家に語気を強めてたしなめられた。
あ、そう。味付けはオプションなのね。それ早く云ってよ。知らないもん、こっちは。それなら、ボクも色々と試してみたいし。次回マックに行ったら、別の味付けを楽しんでみよう。
February 17, 2007
ハングルが読めない・・・
自著「レモンの法則」の韓国語版が届いた。台湾に続いてまたまたアジア進出。
台湾版は、北京語なのでなんとなく漢字を推測することができたが、さすがにハングル文字はまったく分からない。
ボクの映画「オトコタチノ狂」が韓国映画祭の招待作品になっているので、もしかしたら、「あれ?ジョイ石井ってあの映画の監督だった奴じゃないか?」と気づく人がひとりでもいたら面白いなぁと思う。
そのときは舞台挨拶をしなければならなかったので、簡単に韓国語も勉強し、ついでにハングル文字も読めるようになりたいと思ったものだが、それっきりになっていた。ついでになんていうのが、そもそもの間違い。
お陰で自分の本なのに読めないというなんとも不思議な感覚。

February 16, 2007
14期生とアカデミーの成長
昨夜から新しいスクールのクラス14期がスタートした。
いつも比べるとちょっと小規模なクラスだが、いつもにも増してさらに個性的な方たちが集まった感じ。
新たに講義デビューを飾ったアカデミー生もいる。
クラスが終了してすぐに、その日のセッションの反省会勉強会が開かれる。
どこが良かったか、どこは悪かったか?次回からはどう活かしていくか?
ひとつひとつ明確に講義を担当したトレーナーたちに指摘していく。
反省会は、落ち込むために行うわけではない。誰かを責めるために開かれるわけでもない。そう簡単に表現が満点になるなんて事はないのだ。だからその表現を少しでも磨いていくチャンスが見つかれば、ヒントを得ることができればという意識だけが360度アンテナを伸ばし、そこにいる誰もが勉強会に臨む。
ボクから指摘や指示を直接受けないからといって、楽な気持ちでその場にいられるようでは、その人はこの先もまず見込みはないだろう。
勉強会が終わると、今度は次週のためのセッションの準備をする。
講義の一部を担当できるかもしれないというチャンスを得た数名だけが、次々と前に出て実際の講義を披露する。アカデミー生全員ができるわけではない。
大抵5分くらいで、ボクに止められる。「そこ、こんな風に話を展開してくれる?」と演出の方向性を示す。「はい、わかりました」と返事。本当にわかっているのか?
やってみる。すると、ちゃんとできている。
彼らは無我夢中でやっていることだが、これはとてもレベルの高い作業だ。
新たにアカデミーに加わった人が、冷や汗をかきながら、「とんでもないところに来てしまいました・・・」とつぶやいた。
大丈夫。
きっとそんなことを云っているあなたも、数週間後には、当たり前のように表現を自在に変化させていることだろう。
彼らだって、少し前まではイメージングの理解すらおぼつかなく、いつもしどろもどろの表現だったのだから。
いつも比べるとちょっと小規模なクラスだが、いつもにも増してさらに個性的な方たちが集まった感じ。
新たに講義デビューを飾ったアカデミー生もいる。
クラスが終了してすぐに、その日のセッションの反省会勉強会が開かれる。
どこが良かったか、どこは悪かったか?次回からはどう活かしていくか?
ひとつひとつ明確に講義を担当したトレーナーたちに指摘していく。
反省会は、落ち込むために行うわけではない。誰かを責めるために開かれるわけでもない。そう簡単に表現が満点になるなんて事はないのだ。だからその表現を少しでも磨いていくチャンスが見つかれば、ヒントを得ることができればという意識だけが360度アンテナを伸ばし、そこにいる誰もが勉強会に臨む。
ボクから指摘や指示を直接受けないからといって、楽な気持ちでその場にいられるようでは、その人はこの先もまず見込みはないだろう。
勉強会が終わると、今度は次週のためのセッションの準備をする。
講義の一部を担当できるかもしれないというチャンスを得た数名だけが、次々と前に出て実際の講義を披露する。アカデミー生全員ができるわけではない。
大抵5分くらいで、ボクに止められる。「そこ、こんな風に話を展開してくれる?」と演出の方向性を示す。「はい、わかりました」と返事。本当にわかっているのか?
やってみる。すると、ちゃんとできている。
彼らは無我夢中でやっていることだが、これはとてもレベルの高い作業だ。
新たにアカデミーに加わった人が、冷や汗をかきながら、「とんでもないところに来てしまいました・・・」とつぶやいた。
大丈夫。
きっとそんなことを云っているあなたも、数週間後には、当たり前のように表現を自在に変化させていることだろう。
彼らだって、少し前まではイメージングの理解すらおぼつかなく、いつもしどろもどろの表現だったのだから。
February 15, 2007
もしもバレンタインが・・・・だったら
チョコをたくさんいただいた。義理チョコとはいえ、うれしい。アリガト。
わざわざ「これは義理チョコです。」なんてカードに書いてあるのもあった。
そんなこたぁ分かっているよボクだって。
手作りチョコもいくつかいただいた。やっぱり手作りというのはうれしいモノで、想いが伝わるんだ。義理でも何でもね。
「ほとんど部長さんにあげてください。ジョイさんは1個食べてくれればいいです」なんていうメッセージが結構あって笑った。
部長の甘いモノ好きが、ずいぶんと浸透しているのだね。
以前にも書いたが、そもそもバレンタインとチョコとは、なんの関係もない。単なるチョコレート業界の販促戦略である。これほどまでに販促が成功している例も、あまりないかもしれない。
そこでふと思った。
バレンタインに目を付けたのが、チョコレート業界ではなかったら、どうなっていただろうかと。もし大福屋だったら? いいや、たい焼き屋だったらどうなっていたのだろうか?
バレンタインになると、ハート形の鱗のついたたい焼きが店頭に並ぶのだろうか?
中には手作りのたい焼きを送る人たちもいて。となると、簡単手作りホームたい焼き器なんていうのも、製造され売られるんだろうな。
子供の頃住んでた町の駅前に「ことぶき屋のたい焼き」というのがあって、スピーカーからは一年中宣伝文句が流れていた。
「週刊誌でおなじみのぉ〜・・・・・・美味しいあんこが尻尾の先まで沢山入っております・・・」
幼子のボクの手を引きながら、母親は云っていた。
「週刊誌でおなじみって云ったって、もう何年も前に一度載っただけじゃない」
それでも時々買ってくれた。
ボクはいまでも一番美味しいたい焼きだと思っている。
尻尾からかじると、確かにさきっちょまであんこが入っていた。そのあんこが唇について火傷しそうになりながら、今度は頭から食べてみる。
ん?
半分かじっても、あんこは見当たらなかった。
わざわざ「これは義理チョコです。」なんてカードに書いてあるのもあった。
そんなこたぁ分かっているよボクだって。
手作りチョコもいくつかいただいた。やっぱり手作りというのはうれしいモノで、想いが伝わるんだ。義理でも何でもね。
「ほとんど部長さんにあげてください。ジョイさんは1個食べてくれればいいです」なんていうメッセージが結構あって笑った。
部長の甘いモノ好きが、ずいぶんと浸透しているのだね。
以前にも書いたが、そもそもバレンタインとチョコとは、なんの関係もない。単なるチョコレート業界の販促戦略である。これほどまでに販促が成功している例も、あまりないかもしれない。
そこでふと思った。
バレンタインに目を付けたのが、チョコレート業界ではなかったら、どうなっていただろうかと。もし大福屋だったら? いいや、たい焼き屋だったらどうなっていたのだろうか?
バレンタインになると、ハート形の鱗のついたたい焼きが店頭に並ぶのだろうか?
中には手作りのたい焼きを送る人たちもいて。となると、簡単手作りホームたい焼き器なんていうのも、製造され売られるんだろうな。
子供の頃住んでた町の駅前に「ことぶき屋のたい焼き」というのがあって、スピーカーからは一年中宣伝文句が流れていた。
「週刊誌でおなじみのぉ〜・・・・・・美味しいあんこが尻尾の先まで沢山入っております・・・」
幼子のボクの手を引きながら、母親は云っていた。
「週刊誌でおなじみって云ったって、もう何年も前に一度載っただけじゃない」
それでも時々買ってくれた。
ボクはいまでも一番美味しいたい焼きだと思っている。
尻尾からかじると、確かにさきっちょまであんこが入っていた。そのあんこが唇について火傷しそうになりながら、今度は頭から食べてみる。
ん?
半分かじっても、あんこは見当たらなかった。
February 14, 2007
CG見てびっくりした!
控えているプロジェクトの関係もあって、先日演出家と三軒茶屋にあるTSUTAYAに行った。ゲームのコーナーである。
もともとボクは、さほどゲームをして育ってはいないのであまり知らないのだが、それにしても浦島太郎状態。PS3なんかデモが流れていて、最初映画だと思って見ていた。そしたら、ファイティングゲームなんだもん。驚き驚き・・。
キャラクターの表情も豊かだし、動きもなめらかだし・・・。
ボクがもしあのまま俳優業を続けていたら、身の危険を感じただろうと思う。俳優の仕事が、CGに取られていくんじゃないかと・・・。
もちろん、生の役者の演技に叶う訳はないと思っているが、もともとここまでCGが表現可能だということもちょっと前までは思ってもいなかったことだ。ということは、近い将来さらにCGは進化し、トイストーリーを遥かに越えて、亡くなってしまったかつてのスターなんかを甦らせて新作映画を撮ってしまうなんてことが起こり得るのではないか?ブルースリーなんかが復活したりして・・・。複雑・・・でもやっぱ恐いなぁ。
それを極めていくと、新しい映画スターを生み出すことも夢でなくなる。実はCGだったなんてね。アル・パチーノ主演でそんな話の映画はすでにあるが・・・。
まあ、危険きわまりないスタントなんかは、すでにCGが演じてしまっているし、ボクらは、至るところでコンピューターの作り出している世界に身を置き、感情までも動かされてしまう世の中になってしまいはじめている。そして、この動きはスピードを緩めることなく、さらに加速していくことだろう。
その先にあるモノを想像するとボクは、恐くなってしまう。
それは、ボクらから人間味という価値を奪い取ってしまうような世の中であるような気がしてならない。
もともとボクは、さほどゲームをして育ってはいないのであまり知らないのだが、それにしても浦島太郎状態。PS3なんかデモが流れていて、最初映画だと思って見ていた。そしたら、ファイティングゲームなんだもん。驚き驚き・・。
キャラクターの表情も豊かだし、動きもなめらかだし・・・。
ボクがもしあのまま俳優業を続けていたら、身の危険を感じただろうと思う。俳優の仕事が、CGに取られていくんじゃないかと・・・。
もちろん、生の役者の演技に叶う訳はないと思っているが、もともとここまでCGが表現可能だということもちょっと前までは思ってもいなかったことだ。ということは、近い将来さらにCGは進化し、トイストーリーを遥かに越えて、亡くなってしまったかつてのスターなんかを甦らせて新作映画を撮ってしまうなんてことが起こり得るのではないか?ブルースリーなんかが復活したりして・・・。複雑・・・でもやっぱ恐いなぁ。
それを極めていくと、新しい映画スターを生み出すことも夢でなくなる。実はCGだったなんてね。アル・パチーノ主演でそんな話の映画はすでにあるが・・・。
まあ、危険きわまりないスタントなんかは、すでにCGが演じてしまっているし、ボクらは、至るところでコンピューターの作り出している世界に身を置き、感情までも動かされてしまう世の中になってしまいはじめている。そして、この動きはスピードを緩めることなく、さらに加速していくことだろう。
その先にあるモノを想像するとボクは、恐くなってしまう。
それは、ボクらから人間味という価値を奪い取ってしまうような世の中であるような気がしてならない。
February 13, 2007
うぐいす騒動・・・
いやぁ、びっくり。
梅の花をつついていたのは、うぐいすではなくメジロだったんだね。
知ったかぶっていたわけではなく、これは完全にそう信じていたボクの間違った知識によるもの。みなさん、申し訳ない。ごめん。
それと、ご指摘くださった方々ありがとうございました。
(詳しくは、2日前のブログコメントを見てください)
今回のことで、うぐいすに対してさらに興味が深まったので、ちょっと調べてみた。そしたら、ボクと同じ勘違いをしている人たちが結構たくさんいることも分かった。あの梅の花をついばんでいる鳥のことを、うぐいすだと思っている人たちが、全国展開しているのではないかと思うくらいたくさんいた。うぐいすの画像検索をかけると、ボクと同じようにあの鳥をうぐいすだと思って何かに使っている人たちが多くいたのだ。
ボクのブログの写真を見て、「うぐいすかぁ、懐かしいなぁ。まだ東京にもいるんだねぇ」などと感慨深げに感想を述べてくれた60過ぎの大人もいたくらいだ。
なんでだろう?
たぶん「うぐいす餅」の色が悪影響を及ぼしているのではないかとボクは睨んだ。どう見てもうぐいす餅の色が鶯色だし、だから鶯色をしている鳥をうぐいすだと思ってしまうのではないか。

ボクが5歳くらいのとき、隣のアパートの一階ベランダに木でできた小さな鳥かごが、ぶら下がっていた。よく通る声でホーホケキョ〜と時折鳴いていたのを思い出す。残念ながらあの鳥かごの中にいたうぐいすの姿と色合いを映像で思い出すことはできないのだが・・・。
熊本出身の呑み友達の実家に泊まったことがあり、玄関先に鳥かごが2つぶら下がっていた。何ですか?と聞くと「コメジロウ」と、友達のお父さんが強い訛りで答えてくれた。ボクはてっきり「コメジロウ」という呼び名なんだと思って、「コメジロウ、コメジロウ」とかごの中の鳥に呼びかけていた。怪訝そうにボクの様子を見ていたそのお父さんに、ボクはもう一つのかごの中の鳥の名前も聞いてみた。お父さんは不思議そうな顔をして「コメジロウ」と答えた。
ん?こっちの鳥の名前も、同じコメジロウと云うのか?(工夫がないなぁ・・)
まだ気づかずボクは、「コメジロウ」ともう一つのかごの中にも呼びかけた。
そこに友人がやって来て、「なかなかかわいいもんだろう?親父が飼っているコメジロ」
ん?コメジロウではなく、コメジロ?
その鳥はメジロの仲間で、ひとまわり小さい小メジロだったのだ。
今思うと、そのコメジロはきれいな鶯色をしていたような気もする・・・・。
梅の花をつついていたのは、うぐいすではなくメジロだったんだね。
知ったかぶっていたわけではなく、これは完全にそう信じていたボクの間違った知識によるもの。みなさん、申し訳ない。ごめん。
それと、ご指摘くださった方々ありがとうございました。
(詳しくは、2日前のブログコメントを見てください)
今回のことで、うぐいすに対してさらに興味が深まったので、ちょっと調べてみた。そしたら、ボクと同じ勘違いをしている人たちが結構たくさんいることも分かった。あの梅の花をついばんでいる鳥のことを、うぐいすだと思っている人たちが、全国展開しているのではないかと思うくらいたくさんいた。うぐいすの画像検索をかけると、ボクと同じようにあの鳥をうぐいすだと思って何かに使っている人たちが多くいたのだ。
ボクのブログの写真を見て、「うぐいすかぁ、懐かしいなぁ。まだ東京にもいるんだねぇ」などと感慨深げに感想を述べてくれた60過ぎの大人もいたくらいだ。
なんでだろう?
たぶん「うぐいす餅」の色が悪影響を及ぼしているのではないかとボクは睨んだ。どう見てもうぐいす餅の色が鶯色だし、だから鶯色をしている鳥をうぐいすだと思ってしまうのではないか。

ボクが5歳くらいのとき、隣のアパートの一階ベランダに木でできた小さな鳥かごが、ぶら下がっていた。よく通る声でホーホケキョ〜と時折鳴いていたのを思い出す。残念ながらあの鳥かごの中にいたうぐいすの姿と色合いを映像で思い出すことはできないのだが・・・。
熊本出身の呑み友達の実家に泊まったことがあり、玄関先に鳥かごが2つぶら下がっていた。何ですか?と聞くと「コメジロウ」と、友達のお父さんが強い訛りで答えてくれた。ボクはてっきり「コメジロウ」という呼び名なんだと思って、「コメジロウ、コメジロウ」とかごの中の鳥に呼びかけていた。怪訝そうにボクの様子を見ていたそのお父さんに、ボクはもう一つのかごの中の鳥の名前も聞いてみた。お父さんは不思議そうな顔をして「コメジロウ」と答えた。
ん?こっちの鳥の名前も、同じコメジロウと云うのか?(工夫がないなぁ・・)
まだ気づかずボクは、「コメジロウ」ともう一つのかごの中にも呼びかけた。
そこに友人がやって来て、「なかなかかわいいもんだろう?親父が飼っているコメジロ」
ん?コメジロウではなく、コメジロ?
その鳥はメジロの仲間で、ひとまわり小さい小メジロだったのだ。
今思うと、そのコメジロはきれいな鶯色をしていたような気もする・・・・。
February 12, 2007
天才が孤独なわけ・・・
3月21日にイメージングライブをやるとブログに書いたので、周りの人たちから「チケットいくらだ?」「いまチケット持っているのか?」「持っているなら寄こせ!」と強盗のように迫られた。
日にちと青山草月ホールという場所は決定しているのだが、チケットがまだできあがっていない。金額はたぶん7000円になりそう。
会場は前回の国際フォーラムに比べると、1/4くらい。
かなり密着型のライブパフォーマンスになりそうだ。
他にも大きなプロジェクトがいくつも重なってきていて、気持ちだけは焦らぬように注意している。
別に焦るとパニックに陥るということはないのだが、ボクに焦りは禁物だ。
「ボクは焦ると、テンションがあがる。」
「テンションがあがると、異常に頭の回転が激しくなる。」
(頭の回転が速くなるのとは微妙に違う)
「頭の回転が激しくなると、1つのことだけに集中して取り組めなくなり、いっぺんに4つも5つものことを考えてしまう。」
(ボクは沢山のことを同時に考えられる天才だと自分を錯覚するのだが、ただ思考がとっ散らかるだけだったりする)
「錯覚を起こしながらボクがモノを考え出すと、周りのスタッフのリズムが狂わされて、みんなが迷惑する。」
というわけで、ボクは焦ってはいけないのである。
とは云うものの、所詮ボクは多動性動物(あえて多動性障害とはいわないぞ)だとスクールの生徒であり精神科医の先生に真顔で診断されてしまっている。
だから、落ち着きなく、常に人格がとっ散らかっているのは致し方ないとあきらめてもいる。
今日もボクは、4つ5つのプロジェクトを抱え、眠らぬ夜を越し(眠れぬではない)、できるだけみんなに迷惑のかからない距離を保って、一人コツコツと「天才は孤独だ・・・」と創作に取りくんでいるのである。
日にちと青山草月ホールという場所は決定しているのだが、チケットがまだできあがっていない。金額はたぶん7000円になりそう。
会場は前回の国際フォーラムに比べると、1/4くらい。
かなり密着型のライブパフォーマンスになりそうだ。
他にも大きなプロジェクトがいくつも重なってきていて、気持ちだけは焦らぬように注意している。
別に焦るとパニックに陥るということはないのだが、ボクに焦りは禁物だ。
「ボクは焦ると、テンションがあがる。」
「テンションがあがると、異常に頭の回転が激しくなる。」
(頭の回転が速くなるのとは微妙に違う)
「頭の回転が激しくなると、1つのことだけに集中して取り組めなくなり、いっぺんに4つも5つものことを考えてしまう。」
(ボクは沢山のことを同時に考えられる天才だと自分を錯覚するのだが、ただ思考がとっ散らかるだけだったりする)
「錯覚を起こしながらボクがモノを考え出すと、周りのスタッフのリズムが狂わされて、みんなが迷惑する。」
というわけで、ボクは焦ってはいけないのである。
とは云うものの、所詮ボクは多動性動物(あえて多動性障害とはいわないぞ)だとスクールの生徒であり精神科医の先生に真顔で診断されてしまっている。
だから、落ち着きなく、常に人格がとっ散らかっているのは致し方ないとあきらめてもいる。
今日もボクは、4つ5つのプロジェクトを抱え、眠らぬ夜を越し(眠れぬではない)、できるだけみんなに迷惑のかからない距離を保って、一人コツコツと「天才は孤独だ・・・」と創作に取りくんでいるのである。
February 11, 2007
梅とうぐいす
梅がいい感じで咲いていた。ふっくらと、微かに甘酸っぱい梅の香りまでした。梅の花って本当に梅の香りがするんだと初めて知った。写真を撮っていたら、うぐいすがやってきた。
まさに、梅の枝とうぐいすである。
絵になるなぁ。
美味しそうに、花びらの中に顔をつっこんでは、花弁から蜜を吸っていた。
チョウチョみたいだなぁと、これもボクにとっては発見だった。
うぐいすって梅の花の蜜を吸うから梅にくるんだね。たまたま活動の時期が一緒だから、いつも絵の中に収まっているんだくらいに思っていた。
あっちの枝からこっちの枝に・・・。自分の近くにはまだいくらでも花が咲いているのに、何を考えて選んでいるのだろう?花によって蜜の味は違うのだろうか?
その後スーパーで、みかんを選り分けている人を見かけたときに思わず、「うぐいすと同じだ」と心のなかで叫んでしまった。
少しでも美味しいものを食べたいと思っているのは、みんな一緒だね。

February 10, 2007
イメージングカードと出くわした!
先日打ち合わせでお会いしていた人の同行者が、ボクのデザインしたイメージングカードを手帳に挟んで持っていた。女性自身に掲載されていたダイエット特集のカードだ。
月並みな驚きかただが、「すげー」と思ってしまった。
あちらも、そのカードをデザインした本人のボクを前に「すごーい」と驚かれていたが、ボクの「すげー」は違った意味の感嘆なのだ。こうしてボクの知らないところでイメージングが浸透し始めているという予感を、肌で感じられた瞬間の「すげー」なのだ。
イメージングに関わるすべてのスタッフとボクは、この瞬間のために日々活動しているといえる。レストランで食事してたら、『昨日はいいイメージングができたから、今日は大丈夫だね』なんて隣のカップルから聞こえてきたら、超YES!だ。なんてスタッフたちと妄想しては盛り上がっている。ちなみにこういう妄想は、立派なイメージングなのだ。
新しいプロジェクトのための準備に追われている。
来週からの新しいスクールのクラス。
今月中旬に美容雑誌「フィッテ」に掲載されるイメージングダイエット特集。
28日にマキノ出版から出る新書。
3月1日発売のムック本「幸せなお金持ちになる方法」の特集。
3月16日には、成功手帳が雑誌で特集される。
そして、3月21日のイメージングエンターテイメントライブの準備。
これらひとつひとつが実を結び、「イメージングってさ・・」と誰かの会話からボクらのことが飛び出してくる。それが街なかのカフェであったり、信号待ちの交差点であったり・・・それを信じてボクらは前に進んでいく。
月並みな驚きかただが、「すげー」と思ってしまった。
あちらも、そのカードをデザインした本人のボクを前に「すごーい」と驚かれていたが、ボクの「すげー」は違った意味の感嘆なのだ。こうしてボクの知らないところでイメージングが浸透し始めているという予感を、肌で感じられた瞬間の「すげー」なのだ。
イメージングに関わるすべてのスタッフとボクは、この瞬間のために日々活動しているといえる。レストランで食事してたら、『昨日はいいイメージングができたから、今日は大丈夫だね』なんて隣のカップルから聞こえてきたら、超YES!だ。なんてスタッフたちと妄想しては盛り上がっている。ちなみにこういう妄想は、立派なイメージングなのだ。
新しいプロジェクトのための準備に追われている。
来週からの新しいスクールのクラス。
今月中旬に美容雑誌「フィッテ」に掲載されるイメージングダイエット特集。
28日にマキノ出版から出る新書。
3月1日発売のムック本「幸せなお金持ちになる方法」の特集。
3月16日には、成功手帳が雑誌で特集される。
そして、3月21日のイメージングエンターテイメントライブの準備。
これらひとつひとつが実を結び、「イメージングってさ・・」と誰かの会話からボクらのことが飛び出してくる。それが街なかのカフェであったり、信号待ちの交差点であったり・・・それを信じてボクらは前に進んでいく。
February 09, 2007
サービス業に一言
この間、珍しくバスに乗ることがあった。そしたら、30分以上待たされてしまった。道路はガラガラで、遅くとも5分以内には来る予定のバスだったのに。
同行していた者が、「バスってこういうものだから・・・」とイライラソワソワしているボクをなんとかなだめてくれたので、ついにバスが到着したときもボクは何も云わなかった。普段のボクなら必ず運転手に何か云っていただろう。それは決して文句ではなく、純粋に知りたいのだ。なんで遅れたのか?その理由を当事者から直接。
驚くことに、運転手は遅刻して到着したことについては、何も云わなかった。その代わりに料金を支払う機械のところにタオルが広げてあって、「こちらに運賃おいてください」とだけ云った。きっと遅れたことと、機械が使えなくなっていることとは関係があるのだろう。でもボクとしては、やはり何か一言欲しかったなぁ。
あなたの口の前には、アナウンスをすることができるマイクもついているんだし、あなたのしていることは、れっきとしたサービス業なんだから。
昨夜、タワーパーキングが壊れてしまって会食中に停めていたボクの車が出せなくなってしまった。最初は10分くらいで・・・と修復の見通しを説明されていたのだが、結局1時間半待っても直らなかった。次の予定があるボクは、もうそれ以上待つのは限界でイライラソワソワしてしまったのだが、先方はボクのためにタクシーを出した。そして、夜中に代行車をともなって無事ボクのもとへ車を届けてくれた。ここまでは当然といえば当然の処置。だが驚いたのは、ボクの車が戻ってきたときに外に出てみると、先ほど使ったタクシーが、そのままボクの居た場所の前に待機させてくれていたのだ。またいつボクが移動してもいいように、そのとき車無しで不自由させないために。う〜ん、これこそサービス業だよね。
不自由だったはずなのに、現にボクはこうしてそのとき感心したことをみんなに伝えようとしている。
サービス業という仕事をされている方に一言。ボクの仕事もある意味サービス業なんだけど・・・。
お客さんに不自由させてしまったときに、自分たちも被害者であるかのように振る舞う人たちを時々見かける。確かに不可抗力なこともたくさんあるよ。でもね、お客さんはサービスを受けようと思って料金を払いそのサービスを利用しているわけだから、まずはそのサービスを満足に提供できていないことに対して一言あるべきだと思う。その上でさ、「いやぁ、私たちも長年やっていますが、こんなのは初めてです」なんて人間ぽいことを云って欲しい。するとこっちだって「お気の毒さまだね」なんて気持ちにもなれるじゃない。
サンフランシスコに住んでいたとき、頭上の電線を利用して走る路面バスが大きくカーブをきりすぎて、その電線から離れてしまったことがある。つまり電気の供給ができないので交差点で止まってしまったわけ。
そのとき運転手は、大きく肩をすぼめて神を恨むかのように天を仰ぐような仕草を乗客のボクらの前でしたんだ。なんかシェークスピアの芝居見ているみたいだった。その後、すまなそーな顔してボクにウインクするからさ、「こいつホモか?」なんて訝っていると、隣に座っていたおばちゃんがボクの脇腹を小突くんだ。「ほら、さっさとお前も降りていって一緒に外れたケーブル直してこい」っていう合図だったんだ。
「なんでお客なのに、交差点でオイルまみれになりながらワイヤー引っ張ってるんだろう?」って不思議に思いなからも、別に腹なんか立たなかったなぁ。
全然関係ないまわりの車からも助けに駆けつけてきてくれて、みんなで路面バスを押して無事に電気が通りエンジン掛かったときは、みんなでハイタッチして歓声を上げた。なんだかワイヤー引っ張ってたみんなでそのまま飲みにいきたい気分だった。
そんなもんだよ。人間って。
同行していた者が、「バスってこういうものだから・・・」とイライラソワソワしているボクをなんとかなだめてくれたので、ついにバスが到着したときもボクは何も云わなかった。普段のボクなら必ず運転手に何か云っていただろう。それは決して文句ではなく、純粋に知りたいのだ。なんで遅れたのか?その理由を当事者から直接。
驚くことに、運転手は遅刻して到着したことについては、何も云わなかった。その代わりに料金を支払う機械のところにタオルが広げてあって、「こちらに運賃おいてください」とだけ云った。きっと遅れたことと、機械が使えなくなっていることとは関係があるのだろう。でもボクとしては、やはり何か一言欲しかったなぁ。
あなたの口の前には、アナウンスをすることができるマイクもついているんだし、あなたのしていることは、れっきとしたサービス業なんだから。
昨夜、タワーパーキングが壊れてしまって会食中に停めていたボクの車が出せなくなってしまった。最初は10分くらいで・・・と修復の見通しを説明されていたのだが、結局1時間半待っても直らなかった。次の予定があるボクは、もうそれ以上待つのは限界でイライラソワソワしてしまったのだが、先方はボクのためにタクシーを出した。そして、夜中に代行車をともなって無事ボクのもとへ車を届けてくれた。ここまでは当然といえば当然の処置。だが驚いたのは、ボクの車が戻ってきたときに外に出てみると、先ほど使ったタクシーが、そのままボクの居た場所の前に待機させてくれていたのだ。またいつボクが移動してもいいように、そのとき車無しで不自由させないために。う〜ん、これこそサービス業だよね。
不自由だったはずなのに、現にボクはこうしてそのとき感心したことをみんなに伝えようとしている。
サービス業という仕事をされている方に一言。ボクの仕事もある意味サービス業なんだけど・・・。
お客さんに不自由させてしまったときに、自分たちも被害者であるかのように振る舞う人たちを時々見かける。確かに不可抗力なこともたくさんあるよ。でもね、お客さんはサービスを受けようと思って料金を払いそのサービスを利用しているわけだから、まずはそのサービスを満足に提供できていないことに対して一言あるべきだと思う。その上でさ、「いやぁ、私たちも長年やっていますが、こんなのは初めてです」なんて人間ぽいことを云って欲しい。するとこっちだって「お気の毒さまだね」なんて気持ちにもなれるじゃない。
サンフランシスコに住んでいたとき、頭上の電線を利用して走る路面バスが大きくカーブをきりすぎて、その電線から離れてしまったことがある。つまり電気の供給ができないので交差点で止まってしまったわけ。

そのとき運転手は、大きく肩をすぼめて神を恨むかのように天を仰ぐような仕草を乗客のボクらの前でしたんだ。なんかシェークスピアの芝居見ているみたいだった。その後、すまなそーな顔してボクにウインクするからさ、「こいつホモか?」なんて訝っていると、隣に座っていたおばちゃんがボクの脇腹を小突くんだ。「ほら、さっさとお前も降りていって一緒に外れたケーブル直してこい」っていう合図だったんだ。
「なんでお客なのに、交差点でオイルまみれになりながらワイヤー引っ張ってるんだろう?」って不思議に思いなからも、別に腹なんか立たなかったなぁ。
全然関係ないまわりの車からも助けに駆けつけてきてくれて、みんなで路面バスを押して無事に電気が通りエンジン掛かったときは、みんなでハイタッチして歓声を上げた。なんだかワイヤー引っ張ってたみんなでそのまま飲みにいきたい気分だった。
そんなもんだよ。人間って。
February 08, 2007
まごころのこもったバースデイ
昨日は、イメージングメソッドのスクールを運営してくれている李部長の誕生日だった。スクール生たちからのプレゼントや、昨夜遅くアカデミーのトレーニング実習後に事務局の森さんが中心となって、アカデミー生全員によるサプライズバースデイがあった。部長の大好きな杏仁豆腐が入ったいくつものタッパーが、アカデミー生たちからプレゼントされた。森さんの手作り杏仁豆腐。大きなタッパー5個はあったのではないか。あれ全部ひとりで食べるんだろうな部長は。写真は、スクール生でもあり以前事務局の手伝いをしてくれていたタマちゃんからのチョコレートケーキ。みんなでおめでとう!と云っている最中に問い合わせの電話が入り、仕事しながらバースデイスマイルをしている部長。まちがいなく義理チョコもらう数百倍はうれしそうな部長の笑顔。

普段は仕事というシビアな面で接しているスタッフたちの人間関係も、こうした「まごころ」の部分で繋がっているからこそやっていけてるんだなと、感慨深く実はちょっとジーンとしていたボク。
お金なんてかけなくていい、どんなお金よりも得難い、有り難いと感じられるものが、真心(まごころ)なんだよね。
ベタだけど、やっぱり好きだなぁ、こういう感覚。
February 07, 2007
February 06, 2007
すでに街はバレンタインだった
週末にデパートへ行く機会があった。
さすがにバレンタインのデコレーションが目立つ。
チョコ!チョコ!チョコ!
すごいの一言だ。この間まで緑色やリボンの赤色が目立つクリスマスだったのに、ピンクのハートだらけになっていた。
ハートはいい。でもそれがチョコになっているところが日本の商魂の現れ。見事。
世界広しといえども、ここまで「バレンタインにはチョコ」というのも我が国だけなのではないか?そもそもバレンタインとチョコとは何の繋がりもない。ボクがアメリカに住んでいたときは、さぞやアメリカ流の甘い甘いどでかいチョコが山のように来るだろうと思っていたのに、数日前にカードが届くくらいだったので、拍子抜けしてしまった。
大昔から、2月14日は恋人たちの日だったらしい。その根拠となる説も今ではいくつか存在している。それが世界中をめぐって日本に伝わり、昭和50年くらいからチョコレートを送る習慣として定着し始めたという。ボクが10歳のころだね。ちょうど初めてボクがチョコをもらったのは、小学4年生だった気がする。相手は、ボクの想いの人だったからうれしかったのだが、まわりに冷やかされ、あまりに恥ずかしかったので受け取れなかったと記憶している。今思うと流行と同時にチョコ初体験していたわけだから、ボクら渋谷の小学生は最先端を行っていたのだろう。やはりもらっておけば良かったかなぁ。
ちなみに、決してボクはチョコ反対派ではない。毎年いただく義理チョコの山を楽しみにしている。その横で甘いものには目のない李部長が、鋭い視線でチョコの種類にチェックを入れていたりもするが・・・。
さすがにバレンタインのデコレーションが目立つ。
チョコ!チョコ!チョコ!
すごいの一言だ。この間まで緑色やリボンの赤色が目立つクリスマスだったのに、ピンクのハートだらけになっていた。
ハートはいい。でもそれがチョコになっているところが日本の商魂の現れ。見事。
世界広しといえども、ここまで「バレンタインにはチョコ」というのも我が国だけなのではないか?そもそもバレンタインとチョコとは何の繋がりもない。ボクがアメリカに住んでいたときは、さぞやアメリカ流の甘い甘いどでかいチョコが山のように来るだろうと思っていたのに、数日前にカードが届くくらいだったので、拍子抜けしてしまった。
大昔から、2月14日は恋人たちの日だったらしい。その根拠となる説も今ではいくつか存在している。それが世界中をめぐって日本に伝わり、昭和50年くらいからチョコレートを送る習慣として定着し始めたという。ボクが10歳のころだね。ちょうど初めてボクがチョコをもらったのは、小学4年生だった気がする。相手は、ボクの想いの人だったからうれしかったのだが、まわりに冷やかされ、あまりに恥ずかしかったので受け取れなかったと記憶している。今思うと流行と同時にチョコ初体験していたわけだから、ボクら渋谷の小学生は最先端を行っていたのだろう。やはりもらっておけば良かったかなぁ。
ちなみに、決してボクはチョコ反対派ではない。毎年いただく義理チョコの山を楽しみにしている。その横で甘いものには目のない李部長が、鋭い視線でチョコの種類にチェックを入れていたりもするが・・・。
February 05, 2007
ボクの京都ブーム
このブログに「京都に行きたい」と書いていたら、さっそく飲み親友から「京都に行こうぜ」と誘われた。夜中にうちの演出家から「京都へはオレの方が行きたいよ。オレの影響で君は京都へ行きたくなったんだろう」と一方的なメールが来た。別の友人からは突然電話が掛かってきて「なんでオレが京都へ行っていたのを知っているんだ?」と、これも変な言いがかりだ。
という感じで、ナンダカンダとボクの周りはいま密かに京都ブームになっている。
この分だとそのうち京都へ行くことになりそうだ。
今度京都へ行ったら、絶対に信長の本能寺へは行ってみたい。歴史的なその場に我が身をおいて、何か感じるものがあるかを確かめたい。それから、大好きな幕末にかかわるまだまだ訪れていない場所がたくさんある。そこも尋ねてみたい。こんなことを考えていたら、クライアントの一人から「京都に行ったら、時代を特定したほうがいい。平安なのか、戦国なのか、幕末なのか、明確にしたほうがいいよ」と云われた。みんなボクの心を読む人が多すぎて参ります。
という感じで、ナンダカンダとボクの周りはいま密かに京都ブームになっている。
この分だとそのうち京都へ行くことになりそうだ。
今度京都へ行ったら、絶対に信長の本能寺へは行ってみたい。歴史的なその場に我が身をおいて、何か感じるものがあるかを確かめたい。それから、大好きな幕末にかかわるまだまだ訪れていない場所がたくさんある。そこも尋ねてみたい。こんなことを考えていたら、クライアントの一人から「京都に行ったら、時代を特定したほうがいい。平安なのか、戦国なのか、幕末なのか、明確にしたほうがいいよ」と云われた。みんなボクの心を読む人が多すぎて参ります。
February 04, 2007
人の縁について
昨日スクールのことを書いたけど、来週からまた新しいクラスが始まる。
第14期生。大阪スクールなんかも入れると、通算で19期生になる。すごいなぁ。
スクールのプログラムも、その間ずいぶん変わった。もちろん常に進化している。
教材だって最初にボクが手作りで創ったものから始まって、いまではオリジナルバインダーに変わり立派になった。
紹介、口コミ、書籍、雑誌、そしてテレビなどを通じて毎回人が集まってくる。
断らなければならないくらい一気に集中してしまうときもあれば、あれ?定員に満たないかもと心配になってしまったときもあった。そんなときはいつも以前断らざるえなかったときの人たちに今こそ来てもらいたいと思ってしまったものだ。しかし、それはこちらの勝手な都合であり、大抵先方のタイミングが合わない場合が多い。そういうときは、もう何ヶ月かたってしまっているので先方のイメージングに対する興味や熱も冷めてしまっている。
こんなときボクは、本当に惜しい気持ちと悔しい気持ちで一杯になる。
それは決して集客のチャンスを逃したなどというビジネス的なことからではない。
せっかく一時的にでもイメージングに興味をもってくれた人がいるのに、それに充分応えることができなかったという悔しさだ。もしかして、その人がスクールを受講していたら、その人の夢が叶い、人生そのものが大きく変わっていたかも・・・そしてその瞬間を一緒に共有できたとしたら・・・。そう想うと、もう夜も眠れなくなる。
今まさに新しいクラスを募集しているようだが、丁度良くいい感じで人が集まってくれることを祈るばかりだ。
昔から云うように、人の出会いは一期一会の縁だ。
人との出会いも、その縁を深め合えるのも奇蹟に近く、一生に一度限りであるということだろう。別の言葉に、
袖触れあうも多生の縁
というのもある。
道の行き来で互いに袖が触れあうことだって、そこから何かが生まれてくるかもしれない縁である。
一生に一度きりの人生で、ひとりでも沢山の人と出会いたいが、それが広く浅くでは意味がない。ひとりひとりと濃密な縁を作っていきたいと思う。
ボクは欲張りだろうか?少なくとも、そんな縁を丁寧に作っていきたいという想いから、大阪スタッフがセミナーではなくスクールを設立してくれたことが、今のイメージングスクールの母体になっている。この想いだけは、何期になっても継承していきたい。ボクらはみんな感動したくて、人と接しているのだから。

第14期生。大阪スクールなんかも入れると、通算で19期生になる。すごいなぁ。
スクールのプログラムも、その間ずいぶん変わった。もちろん常に進化している。
教材だって最初にボクが手作りで創ったものから始まって、いまではオリジナルバインダーに変わり立派になった。
紹介、口コミ、書籍、雑誌、そしてテレビなどを通じて毎回人が集まってくる。
断らなければならないくらい一気に集中してしまうときもあれば、あれ?定員に満たないかもと心配になってしまったときもあった。そんなときはいつも以前断らざるえなかったときの人たちに今こそ来てもらいたいと思ってしまったものだ。しかし、それはこちらの勝手な都合であり、大抵先方のタイミングが合わない場合が多い。そういうときは、もう何ヶ月かたってしまっているので先方のイメージングに対する興味や熱も冷めてしまっている。
こんなときボクは、本当に惜しい気持ちと悔しい気持ちで一杯になる。
それは決して集客のチャンスを逃したなどというビジネス的なことからではない。
せっかく一時的にでもイメージングに興味をもってくれた人がいるのに、それに充分応えることができなかったという悔しさだ。もしかして、その人がスクールを受講していたら、その人の夢が叶い、人生そのものが大きく変わっていたかも・・・そしてその瞬間を一緒に共有できたとしたら・・・。そう想うと、もう夜も眠れなくなる。
今まさに新しいクラスを募集しているようだが、丁度良くいい感じで人が集まってくれることを祈るばかりだ。
昔から云うように、人の出会いは一期一会の縁だ。
人との出会いも、その縁を深め合えるのも奇蹟に近く、一生に一度限りであるということだろう。別の言葉に、
袖触れあうも多生の縁
というのもある。
道の行き来で互いに袖が触れあうことだって、そこから何かが生まれてくるかもしれない縁である。
一生に一度きりの人生で、ひとりでも沢山の人と出会いたいが、それが広く浅くでは意味がない。ひとりひとりと濃密な縁を作っていきたいと思う。
ボクは欲張りだろうか?少なくとも、そんな縁を丁寧に作っていきたいという想いから、大阪スタッフがセミナーではなくスクールを設立してくれたことが、今のイメージングスクールの母体になっている。この想いだけは、何期になっても継承していきたい。ボクらはみんな感動したくて、人と接しているのだから。

February 03, 2007
スクールとアカデミーに想うこと
2期アカデミーが無事終了した。無事どころか非常に収穫のあったアカデミーだった。実際スクールでの講義まではもうひと磨きする必要はあるものの、彼らの表現力とイメージングメソッドに対する理解度は予想以上に深まったと確信できた。

さて、スクールでの講義を担当してもらうために人材育成をしているわけだが、ここでボクの気持ちを少し明確にしておこう。
ボク自身は、できる限りスクールでの講義を受け持たせてもらいたいと思っている。そこで直接受講者たちひとりひとりにボクの信じるものを伝えていきたい。
これがボクの偽りない気持ちだ。
ただ物理的にそれが困難な場合がある。
加えて、ボクにはもう一つのヴィジョンがある。
一人でも多くの人にイメメソを使って夢を叶えてもらいたいのだ。ということは、ボクだけにしか伝えることのできない方法にこだわるのではなく、ボクが信頼して任せられるだけのクオリティの高い表現者を育成し、その仲間たちとともにイメメソを広く伝えていく。これこそがボクの2つのヴィジョンを叶えられる方法だと信じている。安易に代わりを大量生産する事は、ボクの信条がゆるさない。それは、いままで自分が育ててきたものや、ボクを信頼してくれた人たちすべて無視する行為となってしまう。
最初にアカデミーの話をジョイズウェイからいただいたときは、どこまで人を育てることができるのか疑問だったし不安でもあった。しかし、他トレーナーたちの力も借りながら、ここまで人が育ってくれたことで、これからのボクのヴィジョンにはっきりと光がさしてきた。
彼らにイメメソを表現する力がどんどんついていく。
そうなると、ボクもうかうかしてはいられない。
やはり、スクールで前に立って、表現をし続けなければと、また強く思った。
しかし、ボクはセミナーの講師をしているつもりはない。
スクールに参加されてきた人たちなら分かってくれると思うが、ボクは常にエンターテイメントしているつもりでみんなの前に立っている。
イメージングメソッドスクールのポリシーは、エドゥテイメントだ。
エドゥケーション(教育)とエンターテイメント(娯楽)が1つになったセッション。これをテーマに人材育成を、そしてボク自身にもさらに磨きをかけていきたい。

さて、スクールでの講義を担当してもらうために人材育成をしているわけだが、ここでボクの気持ちを少し明確にしておこう。
ボク自身は、できる限りスクールでの講義を受け持たせてもらいたいと思っている。そこで直接受講者たちひとりひとりにボクの信じるものを伝えていきたい。
これがボクの偽りない気持ちだ。
ただ物理的にそれが困難な場合がある。
加えて、ボクにはもう一つのヴィジョンがある。
一人でも多くの人にイメメソを使って夢を叶えてもらいたいのだ。ということは、ボクだけにしか伝えることのできない方法にこだわるのではなく、ボクが信頼して任せられるだけのクオリティの高い表現者を育成し、その仲間たちとともにイメメソを広く伝えていく。これこそがボクの2つのヴィジョンを叶えられる方法だと信じている。安易に代わりを大量生産する事は、ボクの信条がゆるさない。それは、いままで自分が育ててきたものや、ボクを信頼してくれた人たちすべて無視する行為となってしまう。
最初にアカデミーの話をジョイズウェイからいただいたときは、どこまで人を育てることができるのか疑問だったし不安でもあった。しかし、他トレーナーたちの力も借りながら、ここまで人が育ってくれたことで、これからのボクのヴィジョンにはっきりと光がさしてきた。
彼らにイメメソを表現する力がどんどんついていく。
そうなると、ボクもうかうかしてはいられない。
やはり、スクールで前に立って、表現をし続けなければと、また強く思った。
しかし、ボクはセミナーの講師をしているつもりはない。
スクールに参加されてきた人たちなら分かってくれると思うが、ボクは常にエンターテイメントしているつもりでみんなの前に立っている。
イメージングメソッドスクールのポリシーは、エドゥテイメントだ。
エドゥケーション(教育)とエンターテイメント(娯楽)が1つになったセッション。これをテーマに人材育成を、そしてボク自身にもさらに磨きをかけていきたい。
February 02, 2007
京都
ふと、京都に行ってみたくなった。
もちろん京都は何度となく行っているところ。
ボクが「オトコタチノ狂」という映画を撮るにあたって、坂本龍馬と中岡慎太郎の墓参りをした。お墓の周りに飾られた沢山の千羽鶴を見て、涙が止まらなくなってしまった。街全体が、歴史の宝庫だ。
昔役者をしていたころ、旅公演で京都に2週間ほどいたこともある。
昼間時間が空いているときに、蕎麦屋のコタツに入ってニシン蕎麦を食べると気持ちがふわふわと暖かくなった。そのあとお気に入りの喫茶店を何件かはしごする。ずっと文庫本を読んでいたっけ。京都には、古風でお洒落な喫茶店がたくさんある。今もあるだろうか?
それにしても、なんでふと京都に行きたくなったのだろう?
演出家が京都出身だからだろうか?
いやぁ、あんまり京都感じないなぁ。関西は感じるけど・・・。
信長の本能寺の変の番組を見たからだろうか?
そういえば、昨日久しぶりに再会し食事をしたmisonoも、確か倖田ファミリーは京都出身だったかな。
しばらくぶりの彼女の笑顔は、以前にも増して一段と輝いていた。
もちろん京都は何度となく行っているところ。
ボクが「オトコタチノ狂」という映画を撮るにあたって、坂本龍馬と中岡慎太郎の墓参りをした。お墓の周りに飾られた沢山の千羽鶴を見て、涙が止まらなくなってしまった。街全体が、歴史の宝庫だ。
昔役者をしていたころ、旅公演で京都に2週間ほどいたこともある。
昼間時間が空いているときに、蕎麦屋のコタツに入ってニシン蕎麦を食べると気持ちがふわふわと暖かくなった。そのあとお気に入りの喫茶店を何件かはしごする。ずっと文庫本を読んでいたっけ。京都には、古風でお洒落な喫茶店がたくさんある。今もあるだろうか?
それにしても、なんでふと京都に行きたくなったのだろう?
演出家が京都出身だからだろうか?
いやぁ、あんまり京都感じないなぁ。関西は感じるけど・・・。
信長の本能寺の変の番組を見たからだろうか?
そういえば、昨日久しぶりに再会し食事をしたmisonoも、確か倖田ファミリーは京都出身だったかな。
しばらくぶりの彼女の笑顔は、以前にも増して一段と輝いていた。
February 01, 2007
3.21 エンターテイメントライブ
3月21日に行う予定のイメージングエンターテイメントライブの会場下見をしてきた。青山の草月ホールは、4年くらい前に一度ショウを行ったことがある。不思議なもので楽屋に行くと、途端に4年前の当日がありありと思い出される。
いままで芝居の舞台も入れると、ボクは数百ステージ舞台に立っている。日本全国の劇場でステージをしてきた。でも舞台上や客席よりも、楽屋に入ると「ああ、ここは○○があったところだ」とか、「あの日は、こんなステージだった」とか想い出というイメージが一気に広がってくる。
事前に考えてきた構成を実際の会場内で吟味していく。
舞台監督から、それが実際に可能かどうかの答えが返ってくる。
不可能な場合、どうしたらそれが可能になるのか?を考える。
できるだけ下見をしている最中に、次のアイディアを出す。
すると、演出家がその新しいアイディアが、我々の演出意図からズレていないかどうか?表現としてそれがお客さんに伝わるかどうかを検討し、即座にダメだしが出る。
ボクは客席から誰もいないステージ上に、3月21日のイメージを観る。
今から待ちきれない想いと、日数が迫ることにちょっとした怖さを感じる。
それが、ボクの毎日に心地よい緊張感を与えてくれる。
ショウほど素敵な商売はない。























