January 2007
January 31, 2007
信長、驚愕の事実!
珍しく録画してあったテレビ番組を観た。織田信長の死の秘密に迫る2時間番組。
「オトコタチノ狂」という半分時代モノの映画を創っているくらい、ボクは歴史が大好きだ。そして、日本の歴史史上最高の革命児織田信長は、ボクの小学生の頃からのヒーローだ。本能寺の変で死した信長の謎は多い。その謎解きを書いた本がここ数年でたくさん出版され、ボクはそのほとんどを読んでいる。
普段はめったに観ないテレビの録画を手に入れ、それを観た。
そして、思わず持っていたリモコンを落としてしまったくらいの驚きの事実を知ることになった。決して信長の死に関してではない。信長暗殺の真犯人でもない。番組のテーマとは全然関係ないところで、ボクは驚いてしまったのだ。
信長の誕生日が、ボクと同じ5月11日だったのだ。
な〜んだ、なんて思わないで欲しい。というか思われてもいい。ボクにとっては、重要なことなのだ。
山岡荘八の「織田信長」を読んだ小学生からずっと、憧れ続け、関係書があれば読んでいたくらいファンだったのに、知らなかった。400年以上も前の史実なので彼の誕生日に触れたものがなかったせいなのか、とにかくボクは見落としていた。
驚き過ぎて、ただ笑うしかない状態に陥った。
ボクは歴史にロマンを感じる。
ましてや、自分の大好きなヒーローが実は同じ誕生日に生まれていたなんて、ますますそこにロマンを感じてしまう。
安土城にいつか行ってみよう。彼の人がその高台に立ちこの国に広がる大地を観たとき感じたものに、是が非でも想いを馳せたいと思った。
「オトコタチノ狂」という半分時代モノの映画を創っているくらい、ボクは歴史が大好きだ。そして、日本の歴史史上最高の革命児織田信長は、ボクの小学生の頃からのヒーローだ。本能寺の変で死した信長の謎は多い。その謎解きを書いた本がここ数年でたくさん出版され、ボクはそのほとんどを読んでいる。
普段はめったに観ないテレビの録画を手に入れ、それを観た。
そして、思わず持っていたリモコンを落としてしまったくらいの驚きの事実を知ることになった。決して信長の死に関してではない。信長暗殺の真犯人でもない。番組のテーマとは全然関係ないところで、ボクは驚いてしまったのだ。
信長の誕生日が、ボクと同じ5月11日だったのだ。
な〜んだ、なんて思わないで欲しい。というか思われてもいい。ボクにとっては、重要なことなのだ。
山岡荘八の「織田信長」を読んだ小学生からずっと、憧れ続け、関係書があれば読んでいたくらいファンだったのに、知らなかった。400年以上も前の史実なので彼の誕生日に触れたものがなかったせいなのか、とにかくボクは見落としていた。
驚き過ぎて、ただ笑うしかない状態に陥った。
ボクは歴史にロマンを感じる。
ましてや、自分の大好きなヒーローが実は同じ誕生日に生まれていたなんて、ますますそこにロマンを感じてしまう。
安土城にいつか行ってみよう。彼の人がその高台に立ちこの国に広がる大地を観たとき感じたものに、是が非でも想いを馳せたいと思った。
January 30, 2007
January 29, 2007
これからが寒い季節なんだよ
昼過ぎから少し暖かく陽もさしてきたけど、今朝ラブと散歩しているときは寒かった。そろそろ春だなぁなんて数日前にボクは勝手に思っていたのだが、よくよく考えてみたら、これから2月に入って一番寒い時期に入るんだったね。
もうずいぶんと日本の四季を経験しているのに、必ず季節の変わり目になると、それが一体どのタイミングで、どんな感じで訪れるのか分かっていない自分がいる。
これって学習能力がないことが原因なのだろうか?
映画「オトコタチノ狂」の一番寒いシーンを撮影したのが、4年前の2月だったことを思い出した。ボクは脚本に、「珍しい冬の土砂降りの雨」と書いた。
書くのは簡単だ。それを映像にすることは、きっと数百倍大変だ。
一番寒い日に7トンの水を降らせた。その中を着物姿のサムライたちが駆け抜けるシーンを撮った。彼らから体温で湯気が立つようにしたかった。気づくと演出をしていたボクも濡れ鼠になっていた。彼らの身体からは、本当に湯気が立っていた。
ボクからは、鼻水しか出ていなかったように思う。
もうずいぶんと日本の四季を経験しているのに、必ず季節の変わり目になると、それが一体どのタイミングで、どんな感じで訪れるのか分かっていない自分がいる。
これって学習能力がないことが原因なのだろうか?
映画「オトコタチノ狂」の一番寒いシーンを撮影したのが、4年前の2月だったことを思い出した。ボクは脚本に、「珍しい冬の土砂降りの雨」と書いた。
書くのは簡単だ。それを映像にすることは、きっと数百倍大変だ。
一番寒い日に7トンの水を降らせた。その中を着物姿のサムライたちが駆け抜けるシーンを撮った。彼らから体温で湯気が立つようにしたかった。気づくと演出をしていたボクも濡れ鼠になっていた。彼らの身体からは、本当に湯気が立っていた。
ボクからは、鼻水しか出ていなかったように思う。
January 28, 2007
アカデミー2期生
昨日は、ほぼ終日アカデミーのトレーナー認定試験だった。
ひとり持ち時間45分のなかで、イメージングに関しての課題テーマをプレゼン講義するというかなり高度な試験。もちろんみんな四苦八苦冷や汗タラタラで、トレーナーやボクの前に立っていたことと思う。それにしても、アカデミー生全員がしっかりとプレゼンをしていた。少し前までは、人前で5分イメージングを語ることさえままならなかった彼らが!目を見張るほどの成長だった。
試験前に昨日のブログを読んだかどうかは分からないが、セルフイメージをしっかりと切り替えて、自信を持って臨んでいる彼らからはオーラする感じられた。
反対に、その人にとって自信のない内容の話になると、誰が見ても分かるくらい突然表情が曇り、オーラがかき消えた。それはまさに一目瞭然だった。それくらいセルフイメージが大切なのだ。できる、できないは、技術ではなく、できるつもりで臨めるかどうかだ。極論を言えば、成否は行う前にほとんど決まってしまっている。
人を育てることの深さを、昨日はまたあらためて考えさせられたし、今後の人材育成に新たな希望を見出すこともできた。
なんとも有意義な一日だった。
アカデミー2期生のみなさんに、心より拍手を送りたい。
ひとり持ち時間45分のなかで、イメージングに関しての課題テーマをプレゼン講義するというかなり高度な試験。もちろんみんな四苦八苦冷や汗タラタラで、トレーナーやボクの前に立っていたことと思う。それにしても、アカデミー生全員がしっかりとプレゼンをしていた。少し前までは、人前で5分イメージングを語ることさえままならなかった彼らが!目を見張るほどの成長だった。
試験前に昨日のブログを読んだかどうかは分からないが、セルフイメージをしっかりと切り替えて、自信を持って臨んでいる彼らからはオーラする感じられた。
反対に、その人にとって自信のない内容の話になると、誰が見ても分かるくらい突然表情が曇り、オーラがかき消えた。それはまさに一目瞭然だった。それくらいセルフイメージが大切なのだ。できる、できないは、技術ではなく、できるつもりで臨めるかどうかだ。極論を言えば、成否は行う前にほとんど決まってしまっている。
人を育てることの深さを、昨日はまたあらためて考えさせられたし、今後の人材育成に新たな希望を見出すこともできた。
なんとも有意義な一日だった。
アカデミー2期生のみなさんに、心より拍手を送りたい。
January 27, 2007
トレーナー認定試験のイメージング
今日は、いよいよアカデミー2期生のトレーナー認定試験日。
緊張する。
ボクは、自分のことではあまり緊張しない方だが、彼らの緊張をイメージするとたまらなくこちらも緊張してしまう。
この緊張感がいい成果を生む。
よく人は緊張してうまくいかないと言うが、実はそれは間違っている。緊張感は確実に潜在意識を活性化させる。普段はできなかったことや、予想以上の結果を本番で出せてしまったりするのだ。火事場の馬鹿力は、リラックスしているからでるわけではない。練習では一度も出したことのない自己ベストが本番ではできてしまう。
本番マジックなどと呼ばれたりもするが、すべていい緊張感を持っているときに可能となるのだ。
アカデミー生たちには、セルフイメージを高く持って臨んでもらいたい。
トレーナー認定試験を受けるのだから、セルフイメージは、すでにトレーナーでいいだろう。アカデミー生のままトレーナーを目指すと、うまくいく/いかないにこだわりぎこちなくなってしまう。こんなときは、すでにトレーナーとしての自分を見せるくらいのイメージで充分だ。
高いセルフイメージは、ほどよい緊張感を生む。
深呼吸をたっぷりとして、心の奥を充分にほぐす。
そうすれば、間違いなく認定されるほど、今の彼らには実力がある。
緊張する。
ボクは、自分のことではあまり緊張しない方だが、彼らの緊張をイメージするとたまらなくこちらも緊張してしまう。
この緊張感がいい成果を生む。
よく人は緊張してうまくいかないと言うが、実はそれは間違っている。緊張感は確実に潜在意識を活性化させる。普段はできなかったことや、予想以上の結果を本番で出せてしまったりするのだ。火事場の馬鹿力は、リラックスしているからでるわけではない。練習では一度も出したことのない自己ベストが本番ではできてしまう。
本番マジックなどと呼ばれたりもするが、すべていい緊張感を持っているときに可能となるのだ。
アカデミー生たちには、セルフイメージを高く持って臨んでもらいたい。
トレーナー認定試験を受けるのだから、セルフイメージは、すでにトレーナーでいいだろう。アカデミー生のままトレーナーを目指すと、うまくいく/いかないにこだわりぎこちなくなってしまう。こんなときは、すでにトレーナーとしての自分を見せるくらいのイメージで充分だ。
高いセルフイメージは、ほどよい緊張感を生む。
深呼吸をたっぷりとして、心の奥を充分にほぐす。
そうすれば、間違いなく認定されるほど、今の彼らには実力がある。
January 26, 2007
未来に蒔く種
昨年蒔いておいたいくつかの種が、着実に芽を出し始めた。イメージングを世の中に発信していく各プロジェクトの話だ。
少し先の未来のために、今種蒔きをするという行為は、まさにイメージがなければできないことだろう。ボクらは、過去と現在と未来の区別がつく。過去を参考に、現在を生き、そしてまた、少しでも豊かな未来を作るために現在を生きる。
反対に、その日暮らしの、将来になんの希望も無く暮らしている人は、それそのものがその人のセルフイメージとなってしまう。
ボクらは所詮、セルフイメージ以上の自分にはなれない。
5時45分に目を覚まし、メールをチェックしたら、また新刊書籍が決まったとの報告が入っていた。YES!
3月21日、青山草月ホールにて、約1年ぶりの新作イメージングライブも決まった。YES!
2本のテレビ、その収録は3月くらいから始まりそうだ。YES!というか超怒濤のスケジュール・・・。
今月30日、女性自身にイメージングダイエットの特集が6ページ掲載される。
ダイエット専用イメージングカードの付録付き。YES!
2月28日発売新刊のすべての原稿が昨日入稿された。後は完成を待つのみ。YES!
そして、ここではまだ公にできないプロジェクトが、これ以外にもいくつかある。
スケジュール管理専門に、マネージャーもひとり加わって、すでに時間割配分に悪戦苦闘してくれている。
プロジェクトチームが昨年抱いたイメージが、ひとつまたひとつと現実化していく。
後は、それをやり遂げていけるか、これはボクにかかっている。
よーし、睡眠時間を削ってでもすべて予想以上の結果を出してやろうじゃないか!
ん?削れる睡眠時間なんて・・・あったかな?
マネージャーに相談してみよう!
January 25, 2007
未知なる日本語との出会い
本を読んでいると知らない単語が次々と見つかる。
しっかりとした作家の本になればなるほど、そういった未知の日本語と出会う。
もともとそんなにボキャブラリーが豊富でないボクは、そのようなしっかりとした作家の本を読むのが好きだ。
司馬遼太郎しかり、三島由紀夫しかり、山本周五郎しかりである。
いま読んでいるのが、池波正太郎。
時代小説ではなく、氏のエッセイを読んでいる。
芝居の世界の毀誉褒貶(きよほうへん)は・・・
猖獗(しょうけつ)をきわめて・・・
畢竟(ひっきょう)・・・
矍鑠(かくしゃく)として・・・
みなさんは、上4つをすべて知っているだろうか?
さすがに毀誉褒貶の意味は知っていたが、おそらく自分で書き物をしていて自然に出てくる日本語にはまだなっていない。
ボクとしては、「猖獗」あたりが音といい漢字の組み合わせといい、なんだかゾクゾクしてくる。
わるいものの勢いの盛んなこと・・・。という意味だが、いつか自分の文章にさりげなく使ってみたい単語だ。
ワープロが発達したお陰で、ボクのような人間でも本を書ける時代になってはいるが、真の作家とは、やはりその仕事の武器である言葉を自由に駆使できる人をいうのだと思う。縁あって作家の端くれとして文章を書かせていただいている以上、ボクも自分の武器に磨きをかけていきたい。
なにせ以前アメリカから戻ってきたばかりのボクは、芝居の稽古中に演出家のダメだしの意味が分からずポカーンとしてしまうことしばしば。
「青天の霹靂」と言われたときなど、ボクの頭の中にあるものの何一つそれに反応を示さなかった。突然の意味不明な日本語を前に、頭の中が真っ白になってしまったのだ。すると演出家は、
「そう、それそれ!そういう感じなのよ、青天の霹靂に出くわすと!」
当時26歳の立派な日本青年のボクは、分かったんだか・・・分かんないんだか・・・が、まったく分かっていない変な日本人だった。
しっかりとした作家の本になればなるほど、そういった未知の日本語と出会う。
もともとそんなにボキャブラリーが豊富でないボクは、そのようなしっかりとした作家の本を読むのが好きだ。
司馬遼太郎しかり、三島由紀夫しかり、山本周五郎しかりである。
いま読んでいるのが、池波正太郎。
時代小説ではなく、氏のエッセイを読んでいる。
芝居の世界の毀誉褒貶(きよほうへん)は・・・
猖獗(しょうけつ)をきわめて・・・
畢竟(ひっきょう)・・・
矍鑠(かくしゃく)として・・・
みなさんは、上4つをすべて知っているだろうか?
さすがに毀誉褒貶の意味は知っていたが、おそらく自分で書き物をしていて自然に出てくる日本語にはまだなっていない。
ボクとしては、「猖獗」あたりが音といい漢字の組み合わせといい、なんだかゾクゾクしてくる。
わるいものの勢いの盛んなこと・・・。という意味だが、いつか自分の文章にさりげなく使ってみたい単語だ。
ワープロが発達したお陰で、ボクのような人間でも本を書ける時代になってはいるが、真の作家とは、やはりその仕事の武器である言葉を自由に駆使できる人をいうのだと思う。縁あって作家の端くれとして文章を書かせていただいている以上、ボクも自分の武器に磨きをかけていきたい。
なにせ以前アメリカから戻ってきたばかりのボクは、芝居の稽古中に演出家のダメだしの意味が分からずポカーンとしてしまうことしばしば。
「青天の霹靂」と言われたときなど、ボクの頭の中にあるものの何一つそれに反応を示さなかった。突然の意味不明な日本語を前に、頭の中が真っ白になってしまったのだ。すると演出家は、
「そう、それそれ!そういう感じなのよ、青天の霹靂に出くわすと!」
当時26歳の立派な日本青年のボクは、分かったんだか・・・分かんないんだか・・・が、まったく分かっていない変な日本人だった。
January 24, 2007
さらに5時55分のすすめ 全国布告
昨日のブログへ続々とコメントが寄せられている。
一昨日の13期スクールで「5時55分に起きること」の話をしたら、途端にたくさんの人が5時55分、もしくは早起きをするようになったからだ。
まんまとジョイの話にかかってしまった・・・
とは人聞きの悪い
早起きをすると、どんな特別な気分になれるか。
そして、その気分を朝味わうと、不思議と一日快適で眠くなんてならないという耳寄りな話(?)をボクはしただけだ。
ただ目覚ましセットして早く起きてみようという話ではない。
上記のポイントを事前にイメージすることがなにより早起き時間活用法の鍵と言える。2時間しか寝ていない・・・ではなく22時間を使ってどんな自分で一日過ごそうか!というワクワク感がなにより大切なのだ。
毎日8時間寝ていては、人生の3分の1を寝ていることになる。
それは人の勝手だが、ボクには到底理解できない。人生が永遠に続くなら、それもありだろう。しかし、ボクらの人生は幸運なことに有限だ。
だからこそ、毎日の暮らしにこだわり、日々に感謝し、自分の人生を豊かにしようと人は一生懸命になるのだと思う。
どんなにエライ人だって、どんなにお金があったって、すばらしい人生は一度きりだからね。
一昨日の13期スクールで「5時55分に起きること」の話をしたら、途端にたくさんの人が5時55分、もしくは早起きをするようになったからだ。
まんまとジョイの話にかかってしまった・・・
とは人聞きの悪い

早起きをすると、どんな特別な気分になれるか。
そして、その気分を朝味わうと、不思議と一日快適で眠くなんてならないという耳寄りな話(?)をボクはしただけだ。
ただ目覚ましセットして早く起きてみようという話ではない。
上記のポイントを事前にイメージすることがなにより早起き時間活用法の鍵と言える。2時間しか寝ていない・・・ではなく22時間を使ってどんな自分で一日過ごそうか!というワクワク感がなにより大切なのだ。
毎日8時間寝ていては、人生の3分の1を寝ていることになる。
それは人の勝手だが、ボクには到底理解できない。人生が永遠に続くなら、それもありだろう。しかし、ボクらの人生は幸運なことに有限だ。
だからこそ、毎日の暮らしにこだわり、日々に感謝し、自分の人生を豊かにしようと人は一生懸命になるのだと思う。
どんなにエライ人だって、どんなにお金があったって、すばらしい人生は一度きりだからね。
January 23, 2007
5時55分起床の奨め
昨夜、スクール13期と年明けて初顔合わせをした。
そのセッションの中で、朝5時55分に起きることを奨めた。
明日の朝、5時55分に目が覚めたら、必ずボクは起きているからさ、という話をした。実は最近4時45分に目覚めることが多くなった。今朝もそうだ。
毎日のように原稿やゲラの〆切に追われていて、その緊張感でパッと目が覚めてしまうのだろうか。なんとなく充実感がある。だから何時に起きても一切苦にはならないのだが、いつもにも増して早く目が覚め、原稿に取り組んでいる自分がいる。自分では気に入っているリズムなので問題はないが、スクールのクラスの中で555を奨めておいて実はボク自身はもう少し早い445だということを正直に伝えておかなければと今ブログを書いている。
今朝もこれから、原稿のチェックである。
3月1日発売の「幸せなお金持ち」ムック本のゲラ。
その後に今月末発売の女性自身にダイエット特集として掲載されるレイアウトのチェック。昨夜は2月28日発売の新刊本の最終ゲラ校正を、なんとか〆切ギリギリにバイク便で送り届けた。送り届け終わってホッとしていたところに、バイク便が再び戻ってきたのには驚いた。渡した伝票が間違っていたとかで戻ってきたらしいが・・・。最後までハラハラとドラマを作ってくれる。
とにかく、5時55分に起きて一日を始めてみることをお奨めしたい。
何時に寝ようと、5時55分に起きて、「YES!」である。
「うわ〜、3時間しか寝ていない・・・」
ではなく、
「うわ〜、21時間もやりたいことができるという感覚を楽しんでみて欲しい。
そのセッションの中で、朝5時55分に起きることを奨めた。
明日の朝、5時55分に目が覚めたら、必ずボクは起きているからさ、という話をした。実は最近4時45分に目覚めることが多くなった。今朝もそうだ。
毎日のように原稿やゲラの〆切に追われていて、その緊張感でパッと目が覚めてしまうのだろうか。なんとなく充実感がある。だから何時に起きても一切苦にはならないのだが、いつもにも増して早く目が覚め、原稿に取り組んでいる自分がいる。自分では気に入っているリズムなので問題はないが、スクールのクラスの中で555を奨めておいて実はボク自身はもう少し早い445だということを正直に伝えておかなければと今ブログを書いている。
今朝もこれから、原稿のチェックである。
3月1日発売の「幸せなお金持ち」ムック本のゲラ。
その後に今月末発売の女性自身にダイエット特集として掲載されるレイアウトのチェック。昨夜は2月28日発売の新刊本の最終ゲラ校正を、なんとか〆切ギリギリにバイク便で送り届けた。送り届け終わってホッとしていたところに、バイク便が再び戻ってきたのには驚いた。渡した伝票が間違っていたとかで戻ってきたらしいが・・・。最後までハラハラとドラマを作ってくれる。
とにかく、5時55分に起きて一日を始めてみることをお奨めしたい。
何時に寝ようと、5時55分に起きて、「YES!」である。
「うわ〜、3時間しか寝ていない・・・」
ではなく、
「うわ〜、21時間もやりたいことができるという感覚を楽しんでみて欲しい。
January 22, 2007
身体にいい環境設定
先ほどからゲラチェックをしている。6時半を回ってようやく少し空が青味を帯びてきた。
冬の寒さの中で、朝方仕事をするのは、実はなかなかいいものだ。ちょっと特別感がある。足元のヒーターが必需品なのだが、これがなんとなく特別感を醸し出してくれている。
頭寒足熱
みなさんはこの言葉をご存じか?
昔の人は、実に利のあることを端的に後世に伝えることがうまい。
ボクは子供の頃、風邪で熱を出しうんうん唸っているときに、親からこう言われながら足元を毛布でくるまれた覚えがある。
「頭は冷やして、足は暖めるのよ」とは言わない。あくまで「頭寒足熱」とボクの親は言う。小学生くらいだったボクの頭に「頭寒足熱」の四文字が浮かぶわけもなく、「図鑑そく熱」?が代わりにボクの頭にあった。「熱」だけは辛うじて当たっていたが、「図鑑をみたら何が載っていたのだろう?」
と熱でボーっとしたボクは考えていた。
話が脇へそれた。
この「頭寒足熱」の本来の意味は珍しくボクの親の使い方が正しく、身体によいこととして昔から奨励していたものが語源になっている。でも健康のためだけではないだろう。寒い冬の朝、原稿書きなどをしている人にとっては、足元を暖めないと冷えてしまって身体が動かないし、かといって暖房で頭まで暖まると思考が弛緩してしまい考えに集中できなくなってしまう。
余談だが、英語でもまったく同じ表現がある。
keeping one's head cool and feet warm
思っていた以上に、身体にとっての大切な環境設定のノウハウなのだ。
冬の寒さの中で、朝方仕事をするのは、実はなかなかいいものだ。ちょっと特別感がある。足元のヒーターが必需品なのだが、これがなんとなく特別感を醸し出してくれている。
みなさんはこの言葉をご存じか?
昔の人は、実に利のあることを端的に後世に伝えることがうまい。
ボクは子供の頃、風邪で熱を出しうんうん唸っているときに、親からこう言われながら足元を毛布でくるまれた覚えがある。
「頭は冷やして、足は暖めるのよ」とは言わない。あくまで「頭寒足熱」とボクの親は言う。小学生くらいだったボクの頭に「頭寒足熱」の四文字が浮かぶわけもなく、「図鑑そく熱」?が代わりにボクの頭にあった。「熱」だけは辛うじて当たっていたが、「図鑑をみたら何が載っていたのだろう?」
と熱でボーっとしたボクは考えていた。
話が脇へそれた。
この「頭寒足熱」の本来の意味は珍しくボクの親の使い方が正しく、身体によいこととして昔から奨励していたものが語源になっている。でも健康のためだけではないだろう。寒い冬の朝、原稿書きなどをしている人にとっては、足元を暖めないと冷えてしまって身体が動かないし、かといって暖房で頭まで暖まると思考が弛緩してしまい考えに集中できなくなってしまう。
余談だが、英語でもまったく同じ表現がある。
思っていた以上に、身体にとっての大切な環境設定のノウハウなのだ。
January 21, 2007
寒さの中で
昨日は寒かったね。東京は、細かい小さな雪がちらついた。
ほぼ一日中、青山サロンで仕事だったが、コンクリート打ちっ放しなので、さすがに暖房だけでなく足元にストーブを置いて打ち合わせをしていた。
夜になって演出家と外に出て夕食を食べながら打ち合わせをした。中華屋でチャーハンとレバニラと野菜炒めを頬ばりながらの打ち合わせ。演出家は、店の前でタクシーを拾って行ってしまったので、ボクはひとりトボトボと歩いてサロンまで戻った。ほんの数分なんだが、このときはホントに寒かった。
寒かったと言うより冷たかった。早く暖かいところへ戻りたいのだが、下半身が寒くて通常の1/2の歩幅でしか前へ進むことができない。腿に触れるジーンズの冷たいこと・・・。
(だからボクは寒いの嫌いなんだ。
あ〜あ、明日から夏だったらいいのに・・・)
と、冬に文句を言いながらサロンに戻る。そこから待ちかまえていたスタッフたちと再び打ち合わせだったのだが、1/2の歩幅で歩きながら
(家に帰ったら、絶対お風呂に入ろう・・・)
と堅く心に決めていた。
無事夜中に帰宅。さっそく熱い湯船に身を沈めた。
(ふ〜、寒いときの楽しみだな、これは。
冬も捨てたものではないぞ。鍋もあるし・・・)
などと先ほどの意見を覆し身勝手に感じ入りながら、しばし身体の凝りをほぐした次第・・・。
ほぼ一日中、青山サロンで仕事だったが、コンクリート打ちっ放しなので、さすがに暖房だけでなく足元にストーブを置いて打ち合わせをしていた。
夜になって演出家と外に出て夕食を食べながら打ち合わせをした。中華屋でチャーハンとレバニラと野菜炒めを頬ばりながらの打ち合わせ。演出家は、店の前でタクシーを拾って行ってしまったので、ボクはひとりトボトボと歩いてサロンまで戻った。ほんの数分なんだが、このときはホントに寒かった。
寒かったと言うより冷たかった。早く暖かいところへ戻りたいのだが、下半身が寒くて通常の1/2の歩幅でしか前へ進むことができない。腿に触れるジーンズの冷たいこと・・・。
(だからボクは寒いの嫌いなんだ。
あ〜あ、明日から夏だったらいいのに・・・)
と、冬に文句を言いながらサロンに戻る。そこから待ちかまえていたスタッフたちと再び打ち合わせだったのだが、1/2の歩幅で歩きながら
(家に帰ったら、絶対お風呂に入ろう・・・)
と堅く心に決めていた。
無事夜中に帰宅。さっそく熱い湯船に身を沈めた。
(ふ〜、寒いときの楽しみだな、これは。
冬も捨てたものではないぞ。鍋もあるし・・・)
などと先ほどの意見を覆し身勝手に感じ入りながら、しばし身体の凝りをほぐした次第・・・。
January 20, 2007
本当の癒しとは
昨日のコメントにも寄せていただいたが、「癒し」というものが「よくありがちな・・・」という形式にとらわれたものになってしまった気がする。
癒しとは、人それぞれで色々なカタチがあっていいとボクは思う。
癒しの音楽というと、シンセサイザーのストリングス系ばかりである必要はないし、お香を焚かなければ癒しの空間が作れないわけではないと思う。
ボクは昔、リラクゼーション系のラジオ番組を持っていた。
でも極力、ありがちな、いわゆるリラクゼーション音楽をかけないようにしていた。
代わりに、ボクが十代のころアメリカで聴いていた曲などをハード、ソフト関係なくかけていた。なぜならその音楽を聴くと、少なくともボク自身が癒させていたから。
音楽そのものの癒し効果よりも、その音楽と繋がっている心の中のスイッチが癒しの効果を持っているかのほうが、大切だと思う。
昔懐かしの曲・・・なんていうのも、やはり癒し効果があるのだろう。
年輩の方が「懐メロ」を、こたつに入って聴いている時は、まさに癒されている瞬間なのだろう。
ボクにとっては、気の置けない仲間たちとのんびり酒を飲み、語り合い、ギターをじゃんじゃか弾き語っている時間が、何よりの癒しだと思うし、実は毎朝我が迷犬ラブのうんちを拾っている時も(やれやれ)とは思いながらも間違いなく癒されているのだろう。

それにしても、ラブはもうすぐ10歳になるわけだから、
ボクはもう3000回以上彼のうんちをビニール越しに手づかみしているのだ。癒し効果でもなければ、やっていられないよ。
癒しとは、人それぞれで色々なカタチがあっていいとボクは思う。
癒しの音楽というと、シンセサイザーのストリングス系ばかりである必要はないし、お香を焚かなければ癒しの空間が作れないわけではないと思う。
ボクは昔、リラクゼーション系のラジオ番組を持っていた。
でも極力、ありがちな、いわゆるリラクゼーション音楽をかけないようにしていた。
代わりに、ボクが十代のころアメリカで聴いていた曲などをハード、ソフト関係なくかけていた。なぜならその音楽を聴くと、少なくともボク自身が癒させていたから。
音楽そのものの癒し効果よりも、その音楽と繋がっている心の中のスイッチが癒しの効果を持っているかのほうが、大切だと思う。
昔懐かしの曲・・・なんていうのも、やはり癒し効果があるのだろう。
年輩の方が「懐メロ」を、こたつに入って聴いている時は、まさに癒されている瞬間なのだろう。
ボクにとっては、気の置けない仲間たちとのんびり酒を飲み、語り合い、ギターをじゃんじゃか弾き語っている時間が、何よりの癒しだと思うし、実は毎朝我が迷犬ラブのうんちを拾っている時も(やれやれ)とは思いながらも間違いなく癒されているのだろう。

それにしても、ラブはもうすぐ10歳になるわけだから、
ボクはもう3000回以上彼のうんちをビニール越しに手づかみしているのだ。癒し効果でもなければ、やっていられないよ。
January 19, 2007
このブログについて
昨日演出家からダメだしが出た。
このブログに対して・・・。
創作活動の進捗ばかり書いてないで、10日に1ぺんくらいは、人の為になるようなことを書きなさい!・・・だって。
人の為になること・・・
う〜ん、そう言われたからって、狙って書けるもんでもないし。
人の為になるようなブログを目指すのってかなり高度なのだよ。
でもね、演出家の意図も分かるんだ。
このブログをいつも読んでくれている人や、たまたま読んでみた人の心が、フッと優しくなれたり、元気が湧いたり、癒されたり、そんな瞬間を味わってもらえるエンターテイメントを目指そうという話は、演出家とボクの合意していたことなんだ。
それがさ、最近は自分の執筆のリズムにアクセントをつける為だったり、ちょっと一息つくための〜なんてブログが続いていたから。
ちょっと反省。
人の為になにかをするのが、実はあまり好きではないんだ。
自分のすることは、まずは、すべて自分の為にあるべきだとボクは信じている。
ただし、ボクが自分の人生を豊かにしていくために選んだ職業が、エンターテイメントである以上、人々の心を動かしたり、考えさせたりすることを目指すのは当然だ。
などと言いつつも、今回はあなたを癒したり、元気づけたり、優しい気持ちにさせることなんて何1つ書けていない・・・。
まあ、演出家も言っているでしょ?
10回に1ぺんくらいなんだから、焦らずいきましょう。
このブログに対して・・・。
創作活動の進捗ばかり書いてないで、10日に1ぺんくらいは、人の為になるようなことを書きなさい!・・・だって。
人の為になること・・・
う〜ん、そう言われたからって、狙って書けるもんでもないし。
人の為になるようなブログを目指すのってかなり高度なのだよ。
でもね、演出家の意図も分かるんだ。
このブログをいつも読んでくれている人や、たまたま読んでみた人の心が、フッと優しくなれたり、元気が湧いたり、癒されたり、そんな瞬間を味わってもらえるエンターテイメントを目指そうという話は、演出家とボクの合意していたことなんだ。
それがさ、最近は自分の執筆のリズムにアクセントをつける為だったり、ちょっと一息つくための〜なんてブログが続いていたから。
ちょっと反省。
人の為になにかをするのが、実はあまり好きではないんだ。
自分のすることは、まずは、すべて自分の為にあるべきだとボクは信じている。
ただし、ボクが自分の人生を豊かにしていくために選んだ職業が、エンターテイメントである以上、人々の心を動かしたり、考えさせたりすることを目指すのは当然だ。
などと言いつつも、今回はあなたを癒したり、元気づけたり、優しい気持ちにさせることなんて何1つ書けていない・・・。
まあ、演出家も言っているでしょ?
10回に1ぺんくらいなんだから、焦らずいきましょう。
January 18, 2007
イメージングを信じて・・・
4時半からマキノ出版の別の原稿チェックをしていた。
一昨日までの執筆といい、昨日の撮影といい、最近創作のほとんどをマキノ出版に独占されているような変な感じ。そして、今日も夕方からマキノ出版との取材打ち合わせ。こうして見ると、マキノさんにはイメージングを色々な角度から取り上げていただいていることを実感。
このように、世の中に知れ渡ってはいないまだ未知数の多い時点から、イメージングの可能性を信じてくださっている方たちに、ボクは感謝せずにはいられない。もちろんクライアントだってそうだ。ほとんどのクライアントが10年以上前からイメージングを取り入れ、ボクとほぼ毎週のように実際イメージングをしてきている。
必ず近い将来、そんな風に信じてくださっている方たちのためにも、イメージングを世界に知らしめ、誰もが当たり前のようにイメージングでセルフアートしている世の中にしたい。それがみなさんに対してのボクからの恩返しになると信じている。
昨日の撮影風景からもう一枚。

一昨日までの執筆といい、昨日の撮影といい、最近創作のほとんどをマキノ出版に独占されているような変な感じ。そして、今日も夕方からマキノ出版との取材打ち合わせ。こうして見ると、マキノさんにはイメージングを色々な角度から取り上げていただいていることを実感。
このように、世の中に知れ渡ってはいないまだ未知数の多い時点から、イメージングの可能性を信じてくださっている方たちに、ボクは感謝せずにはいられない。もちろんクライアントだってそうだ。ほとんどのクライアントが10年以上前からイメージングを取り入れ、ボクとほぼ毎週のように実際イメージングをしてきている。
必ず近い将来、そんな風に信じてくださっている方たちのためにも、イメージングを世界に知らしめ、誰もが当たり前のようにイメージングでセルフアートしている世の中にしたい。それがみなさんに対してのボクからの恩返しになると信じている。
昨日の撮影風景からもう一枚。

January 17, 2007
撮影中継
実はいまこのブログを打っているところを撮影されている。マキノの新刊用の著者近影。
自然体でということだが、非常に不安定な姿勢なような気もしている。
今回は単なる著者近影ではなく、ちょっと過激にメッセージを伝えている内容の本なので、撮影も少し変わった感じのボクを撮ろうとしてくれている。
青山サロンでの撮影なのだが、先ほどからみんなで大騒ぎしながらテーブルをあっちへこっちへ移動している。
ボクはこの本の執筆で2キロ痩せたぁと、過酷な労働条件を編集の高畑氏に訴えたところ、
「執筆ダイエットです」
と、まるで新しいダイエット企画のように一言で片づけられてしまった。
その場にいた全員一致で、高畑氏は悪徳編集者ということになった。
リズムキープで
お陰様でクッションが効いたせいか、あれから一気に原稿を書き上げ、無事に入稿する事ができた。
そのまま青山のスクールへ直行して、公開カウンセリングを終え、いまアトリエで再びブログを書いている。入稿した原稿を読み、編集のN氏から絶賛のメールをいただき、ちょっとだけ上機嫌なボク。
一日くらいゆっくりしたい気もするが、さっそく次の原稿にとりかからねばならない。ゲラの校正もいくつかボクを待っている。
(こう書いていくとまるで人気作家のごとくあるが、残念ながら今がたまたま忙しいだけだったりする・・・)
乗ってきたリズムを崩さずに、集中力を保ってここは先に進もう。
こういうのってリズムがなによりなのだ。
そのまま青山のスクールへ直行して、公開カウンセリングを終え、いまアトリエで再びブログを書いている。入稿した原稿を読み、編集のN氏から絶賛のメールをいただき、ちょっとだけ上機嫌なボク。
一日くらいゆっくりしたい気もするが、さっそく次の原稿にとりかからねばならない。ゲラの校正もいくつかボクを待っている。
(こう書いていくとまるで人気作家のごとくあるが、残念ながら今がたまたま忙しいだけだったりする・・・)
乗ってきたリズムを崩さずに、集中力を保ってここは先に進もう。
こういうのってリズムがなによりなのだ。
January 16, 2007
執筆中ですが・・・
今日もアトリエで原稿を書いている。あとひとつ誌上イメージングの原稿が書けると今日の予定がクリアーになる・・・というより今日が〆切なのだ。
しかも、今夜はスクール12期の公開カウンセリングがある。そろそろ仕上げて青山に向かわないとまずい。・・・だったら、ブログ書いてる場合ではないだろうと思わないで欲しい。先日書いたことだが、このブログを書くという作業が思いのほか、執筆のクッションになって効果的なのだ。フト息詰まったときの気分転換にブログ投稿がとてもボクには合っているようだ。
ボクにはこれ以外にもいくつかの執筆中クッションがある。
ギターやピアノを弾く。(弾くなんていうと、すごく弾けるように思われてしまいそうだが、たぶんみんなの前で弾いて恥をかく機会はないだろうから、勝手に弾けるんだと思われていた方がボクとしては、格好良いイメージがつくのでいい・・・)
リビングのソファに寝転がって写真集や画集、絵本を眺める。
ただし、先ほどそれをやって大失敗した。この絵本が泣けるのである。しばらく執筆に戻れなくなってしまった。
迷犬ラブと戯れる。毛だらけになるが、これも効果的。
ジョイズウェイに電話をかけて、何かニュースはないかとおしゃべりをする。
最近は、これをやると一気に色々な案件の相談や報告が来てしまい、完全に仕事モードに戻ってしまうので、こちらのキリのいいところまで執筆が進んでから電話をかけるようにしている。
あとは、友人たちにメールをする。
すると、「今夜飲もうか」という返信が必ず誰かしらから来る。途端に気分は執筆どころではなくなってしまう。あそこの焼き肉にしようか、鍋もいいかも、いいや、頑張って執筆したのだから鮨でワインと行こうかなんてイメージングが別の方向へまっしぐらしてしまう。これも自分の状況をしっかりと見てから、メールしないといけない。
さぁて、クッションはこれくらいにして、そろそろ最後の原稿に戻るとするか。
しかも、今夜はスクール12期の公開カウンセリングがある。そろそろ仕上げて青山に向かわないとまずい。・・・だったら、ブログ書いてる場合ではないだろうと思わないで欲しい。先日書いたことだが、このブログを書くという作業が思いのほか、執筆のクッションになって効果的なのだ。フト息詰まったときの気分転換にブログ投稿がとてもボクには合っているようだ。
ボクにはこれ以外にもいくつかの執筆中クッションがある。
ギターやピアノを弾く。(弾くなんていうと、すごく弾けるように思われてしまいそうだが、たぶんみんなの前で弾いて恥をかく機会はないだろうから、勝手に弾けるんだと思われていた方がボクとしては、格好良いイメージがつくのでいい・・・)
リビングのソファに寝転がって写真集や画集、絵本を眺める。
ただし、先ほどそれをやって大失敗した。この絵本が泣けるのである。しばらく執筆に戻れなくなってしまった。
迷犬ラブと戯れる。毛だらけになるが、これも効果的。
ジョイズウェイに電話をかけて、何かニュースはないかとおしゃべりをする。
最近は、これをやると一気に色々な案件の相談や報告が来てしまい、完全に仕事モードに戻ってしまうので、こちらのキリのいいところまで執筆が進んでから電話をかけるようにしている。
あとは、友人たちにメールをする。
すると、「今夜飲もうか」という返信が必ず誰かしらから来る。途端に気分は執筆どころではなくなってしまう。あそこの焼き肉にしようか、鍋もいいかも、いいや、頑張って執筆したのだから鮨でワインと行こうかなんてイメージングが別の方向へまっしぐらしてしまう。これも自分の状況をしっかりと見てから、メールしないといけない。
さぁて、クッションはこれくらいにして、そろそろ最後の原稿に戻るとするか。
January 15, 2007
起床時間の修正
昨夜は少し早めに寝てしまったので、今朝は4時過ぎから起きて原稿を書いている。
ここ何年も決まって目が覚めていた5:55という起床時間ではなくなった。
最近、生活のリズムが変わってきたなぁ。
まあ創作時期でもあるので、結果、そこにより集中できるリズムを見つけようとして、ボクの体内時計が色々と模索しているという感じだろうか・・・。
それでもボクの潜在意識は、いまだに5:55という時間を意識しているようだ。
執筆していてもふと机の上の携帯電話に目がいく。すると・・・まさに画面に映る時刻は5時54分から55分に変わるところだった。
潜在意識が働いているなと感じられる瞬間がある。
それこそ、そんなときは「YES!」をしてあげる。
ボクのためにも、そして今年これから大いに活躍してもらうボクの潜ちゃんのためにも。
ここ何年も決まって目が覚めていた5:55という起床時間ではなくなった。
最近、生活のリズムが変わってきたなぁ。

まあ創作時期でもあるので、結果、そこにより集中できるリズムを見つけようとして、ボクの体内時計が色々と模索しているという感じだろうか・・・。
それでもボクの潜在意識は、いまだに5:55という時間を意識しているようだ。
執筆していてもふと机の上の携帯電話に目がいく。すると・・・まさに画面に映る時刻は5時54分から55分に変わるところだった。
潜在意識が働いているなと感じられる瞬間がある。
それこそ、そんなときは「YES!」をしてあげる。
ボクのためにも、そして今年これから大いに活躍してもらうボクの潜ちゃんのためにも。
January 14, 2007
物書きモード
いろいろと気が散りながらも、せっせと原稿執筆を進めている。
周りからは、2月3月は他のことで予定がぎっしりなので、執筆に集中できるのも今のうちだぞ!なんて脅かされている。
取りあえずセルフイメージを物書き業モードに変えてみてるところ。
3月頭に発売予定のムック本に、イメージングが8ページほど取り上げられる。その執筆を今はやっているところ。昨夜もひと寝入りした後、朝方に少しパソコンに向かったのだが・・・、今回はリズムが乗らずにベッドに戻った。
マキノ出版新刊のゲラ原稿も早速バイク便で戻ってきたので、今週末までに読み直しチェックを再び入れなければならない。
そんな訳で、今日のブログはここまで。
あ、でも執筆の最中にブログを書くって、すごく気分転換になっていいことを発見。
なかなか、同じ書き物なのに、かえって疲れがとれたりするんだな、これが。
周りからは、2月3月は他のことで予定がぎっしりなので、執筆に集中できるのも今のうちだぞ!なんて脅かされている。
取りあえずセルフイメージを物書き業モードに変えてみてるところ。
3月頭に発売予定のムック本に、イメージングが8ページほど取り上げられる。その執筆を今はやっているところ。昨夜もひと寝入りした後、朝方に少しパソコンに向かったのだが・・・、今回はリズムが乗らずにベッドに戻った。
マキノ出版新刊のゲラ原稿も早速バイク便で戻ってきたので、今週末までに読み直しチェックを再び入れなければならない。
そんな訳で、今日のブログはここまで。
あ、でも執筆の最中にブログを書くって、すごく気分転換になっていいことを発見。
なかなか、同じ書き物なのに、かえって疲れがとれたりするんだな、これが。
January 13, 2007
2007年初のアカデミー
今日から2007年のアカデミーがスタートした。
アカデミー自体は、すでにトレーニングを数日前から再開していたのだが、ボクと顔合わせをして実習を行ったのは今日が新年最初だった。
アカデミーの実習でボクが一番楽しみにしているのは、彼らの成長が表面に現れるときだ。時々内面で成長が始まっていることが分かるときがある。でも、彼らは表現者になろうとしているのだから、やはりその成長ぶりが外に現れてこなくちゃいけない。
そして、その成長ぶりが今日は特に著しかった。
今までで一番良かった。ボクが表現についての演出を加えると、すぐにそれを受け入れてどんどん良くなっていったのだ。以前の彼らは途中で演出すると、そこから先のリズムが崩れてガタガタになることが多かった。つまりは、事前に用意してきたモノに変更を加えられると表現ができなくなってしまっていたのだ。それが今日は違っていたのだ。真の意味でイメメソを理解し、それを義務感ではなく、心で伝えようとする姿勢がしっかりと身についていた。だから、演出の意図を組んですぐその場でより良くなっていったのだ。
こうなると、ここから先の彼らとの実習が、俄然面白くなってくる。
2007年のアカデミー生たちに期待したい。
アカデミー自体は、すでにトレーニングを数日前から再開していたのだが、ボクと顔合わせをして実習を行ったのは今日が新年最初だった。
アカデミーの実習でボクが一番楽しみにしているのは、彼らの成長が表面に現れるときだ。時々内面で成長が始まっていることが分かるときがある。でも、彼らは表現者になろうとしているのだから、やはりその成長ぶりが外に現れてこなくちゃいけない。
そして、その成長ぶりが今日は特に著しかった。
今までで一番良かった。ボクが表現についての演出を加えると、すぐにそれを受け入れてどんどん良くなっていったのだ。以前の彼らは途中で演出すると、そこから先のリズムが崩れてガタガタになることが多かった。つまりは、事前に用意してきたモノに変更を加えられると表現ができなくなってしまっていたのだ。それが今日は違っていたのだ。真の意味でイメメソを理解し、それを義務感ではなく、心で伝えようとする姿勢がしっかりと身についていた。だから、演出の意図を組んですぐその場でより良くなっていったのだ。
こうなると、ここから先の彼らとの実習が、俄然面白くなってくる。
2007年のアカデミー生たちに期待したい。
January 12, 2007
今度は鮨の話
昨日は久しぶりに鮨を食べた。鮨に限っては、初めての店だと最初緊張してしまう。
なんとなく板さんと客との間で、互いに品定めをするようなところが鮨屋にはあるような気がするし、そんな鮨屋のほうがボクは好きだったりもする。
昨日の鮨屋も4時間近くカウンターでつまみながら飲んでいたので、最終的には板さんもボクも互いを気に入ったようだ。
支払いが済んでしまっても、やたらにいい酒をついでくれたり、3年以上つけ込んだ煮出し汁を引っ張り出してきては、鯛の煮付けをささっと作ってくれたりした。
この煮汁はさすがに美味かった。どんぶり鉢に煮立ったお湯をたっぷり入れてもらい、皿に残った鯛の煮物を全部入れて、またチビチビとつつきながら飲む。
いい心持ちでアトリエに戻ると、さっそくひと寝入りしてしまった。
夜中2時半くらいに起きると、日本酒を飲んだせいで口の中がまだまったりしている。目を擦りながら歯を磨いていたら、いつものようにぱっちりと目が覚めてしまった。
ボクは、睡眠時間が何時間であろうと、目覚めたときが起きるときと決めている。
そのまま起きて、昼間から溜まっていたメールの返信を打つことにした。
50通ほどさばいただろうか、仕事のリズムが乗ってきた。
こうなると、もう止まらなくなる。
今度はマキノ出版の原稿ゲラチェックを始めた。
これもスムーズに済んで、朝方無事終了。
ボクにとっての理想的な鮨食う夜だったなぁ・・・。
なんとなく板さんと客との間で、互いに品定めをするようなところが鮨屋にはあるような気がするし、そんな鮨屋のほうがボクは好きだったりもする。
昨日の鮨屋も4時間近くカウンターでつまみながら飲んでいたので、最終的には板さんもボクも互いを気に入ったようだ。
支払いが済んでしまっても、やたらにいい酒をついでくれたり、3年以上つけ込んだ煮出し汁を引っ張り出してきては、鯛の煮付けをささっと作ってくれたりした。
この煮汁はさすがに美味かった。どんぶり鉢に煮立ったお湯をたっぷり入れてもらい、皿に残った鯛の煮物を全部入れて、またチビチビとつつきながら飲む。
いい心持ちでアトリエに戻ると、さっそくひと寝入りしてしまった。
夜中2時半くらいに起きると、日本酒を飲んだせいで口の中がまだまったりしている。目を擦りながら歯を磨いていたら、いつものようにぱっちりと目が覚めてしまった。
ボクは、睡眠時間が何時間であろうと、目覚めたときが起きるときと決めている。
そのまま起きて、昼間から溜まっていたメールの返信を打つことにした。
50通ほどさばいただろうか、仕事のリズムが乗ってきた。
こうなると、もう止まらなくなる。
今度はマキノ出版の原稿ゲラチェックを始めた。
これもスムーズに済んで、朝方無事終了。
ボクにとっての理想的な鮨食う夜だったなぁ・・・。
January 11, 2007
蕎麦の話
先日のおとそのときもそうだったのだが、最近美味しいお蕎麦を食べる機会がよくある。もともとボクは完全な蕎麦派。
「江戸っ子が、うどんなんかすすっていられるかってんだ派」である。
そう云いながらも、「ここのうどんは美味しいよ」などと人に薦められると思わず食べてしまうのだが・・・。
とにかく、ボクは美味しいお蕎麦には目がない。
それはきっと、ボクが江戸っ子であろうと、九州男児であろうと、上方芸人であったとしても変わらないのではないか。
腰のある香ばしい蕎麦をすする時の感動は、絶対的だと思っている。
本当に美味しいお蕎麦と出会うと、つゆに付けたりもせず、天然塩などをパラパラと振りかけて、そのまま食べてしまう。これだと出汁や醤油の味とは一切関係ない、蕎麦の本当の味だけが口の中に広がる。
たまーの休みに昼間から、お気に入りの蕎麦屋で一杯飲みながら、天ぷらから箸を付け始め、最後にサラッと蕎麦をすするなんていうのは、ボクにとっての極上コース。
いけない。唾が出てきた。
レモンの法則ならぬ、お蕎麦の法則・・・。
「江戸っ子が、うどんなんかすすっていられるかってんだ派」である。
そう云いながらも、「ここのうどんは美味しいよ」などと人に薦められると思わず食べてしまうのだが・・・。
とにかく、ボクは美味しいお蕎麦には目がない。
それはきっと、ボクが江戸っ子であろうと、九州男児であろうと、上方芸人であったとしても変わらないのではないか。
腰のある香ばしい蕎麦をすする時の感動は、絶対的だと思っている。
本当に美味しいお蕎麦と出会うと、つゆに付けたりもせず、天然塩などをパラパラと振りかけて、そのまま食べてしまう。これだと出汁や醤油の味とは一切関係ない、蕎麦の本当の味だけが口の中に広がる。
たまーの休みに昼間から、お気に入りの蕎麦屋で一杯飲みながら、天ぷらから箸を付け始め、最後にサラッと蕎麦をすするなんていうのは、ボクにとっての極上コース。
いけない。唾が出てきた。
レモンの法則ならぬ、お蕎麦の法則・・・。
January 10, 2007
うれしい悲鳴
ぞくぞくとアポイントが入ってきて我ながら少し気後れしている。
それも打ち合わせだけのアポでならともかく、原稿などの締め切りのともなったアポなので、その日が近づくにつれボクの表情が引きつっていくのが分かる。
今月末〜3月初旬に発売される書籍や雑誌特集、ムック本などの原稿が4本。
内容は多岐に渡っている。
ダイエット。
成功手帳。
幸せなお金持ち。
夢を叶える本。
・・・など。
うまくいけば、これ以外に2冊の本の執筆に今月末から取り組むことになる。
数日前に、ジョイズウェイのスタッフたちとおとそを飲んでいい心持ちになっていたというのに。まあ、表現の場を与えていただけるわけだから、まさにうれしい悲鳴なのだが・・・。
この分だと来月あたり、悲鳴が掠れ声になっているかもしれない。
あははは・・・
それも打ち合わせだけのアポでならともかく、原稿などの締め切りのともなったアポなので、その日が近づくにつれボクの表情が引きつっていくのが分かる。
今月末〜3月初旬に発売される書籍や雑誌特集、ムック本などの原稿が4本。
内容は多岐に渡っている。
ダイエット。
成功手帳。
幸せなお金持ち。
夢を叶える本。
・・・など。
うまくいけば、これ以外に2冊の本の執筆に今月末から取り組むことになる。
数日前に、ジョイズウェイのスタッフたちとおとそを飲んでいい心持ちになっていたというのに。まあ、表現の場を与えていただけるわけだから、まさにうれしい悲鳴なのだが・・・。
この分だと来月あたり、悲鳴が掠れ声になっているかもしれない。
あははは・・・
January 09, 2007
動き始めたぞ!
ジョイズウェイのスタッフが、台湾で売られている拙著のサイトを見つけてくれた。
台湾で最も大きい「誠品書店」という書店のサイトだ。
これに続いて、香港、マカオ、そして韓国でも翻訳本が出版される。
現在発売中のananに、ボクの恋愛観がちらっとだが載っている。
「結婚の理想と現実」というテーマ。
あまり、偉そうなことも云えないのだが、ボクなりの結婚に対する姿勢みたいな事は取り上げていただいていると思う。
それにしても、それ以外のページが、なんとも大胆で驚いた。
そのことをスタッフと話していた。
ボク 「しかし、すごいねぇ」
スタッフ「これ読んで、世の女性たちは真に受けるんですかね?」
ボク 「え? ボク真に受けたよ」
スタッフ「・・・・・」
今夜は、12期生の公開カウンセリングのクラス。
やはり、スクールやアカデミーといった人と接する仕事をすると、ボクの気持ちは引き締まる。本当の意味での仕事始めだね。
さきほど、APの大島女史(今年はこの人の名前も頻繁に出てくると思う)からも連絡があり、日テレの撮影スケジュールが大雑把ではあるが出てきた様子。
さあ、本格的に動き始めるぞ!
台湾で最も大きい「誠品書店」という書店のサイトだ。
これに続いて、香港、マカオ、そして韓国でも翻訳本が出版される。
現在発売中のananに、ボクの恋愛観がちらっとだが載っている。
「結婚の理想と現実」というテーマ。

あまり、偉そうなことも云えないのだが、ボクなりの結婚に対する姿勢みたいな事は取り上げていただいていると思う。
それにしても、それ以外のページが、なんとも大胆で驚いた。
そのことをスタッフと話していた。
ボク 「しかし、すごいねぇ」
スタッフ「これ読んで、世の女性たちは真に受けるんですかね?」
ボク 「え? ボク真に受けたよ」
スタッフ「・・・・・」
今夜は、12期生の公開カウンセリングのクラス。
やはり、スクールやアカデミーといった人と接する仕事をすると、ボクの気持ちは引き締まる。本当の意味での仕事始めだね。
さきほど、APの大島女史(今年はこの人の名前も頻繁に出てくると思う)からも連絡があり、日テレの撮影スケジュールが大雑把ではあるが出てきた様子。
さあ、本格的に動き始めるぞ!
January 08, 2007
社員スタッフたちとの初詣
ジョイズウェイのスタッフたちと打ち合わせを兼ねて新年の顔合わせをした。
久しぶりの青山の事務局にスタッフ一同が揃い、新年の挨拶を交わす。
その後、八幡宮へ会社スタッフたちと少し遅めの初詣。
今日は、成人の日だったので晴れ着姿の若い女性が多かった。
結構まじめに神前にてそれぞれが手を合わせる。
みんなどんなことを祈ったのだろうと、ちょっと気になる。
その後、ふたたび場所を移動して蕎麦を食べながら少しの日本酒で乾杯。
ジョイズウェイのスタッフたちと去年も行った新年最初の大切な行事だ。
行っている内容は変わりないが、しかしそれぞれが手を合わせ祈っている内容は去年とは完全に違っていると思う。
おとそを味わい、いい気持ちになるという行為は同じだけど、そのほろ酔い気分の頭で考えている今年の抱負は、去年のそれとは違っているはずだ。
今年のジョイズウェイに、自然期待が高まる。
久しぶりの青山の事務局にスタッフ一同が揃い、新年の挨拶を交わす。
その後、八幡宮へ会社スタッフたちと少し遅めの初詣。
今日は、成人の日だったので晴れ着姿の若い女性が多かった。
結構まじめに神前にてそれぞれが手を合わせる。
みんなどんなことを祈ったのだろうと、ちょっと気になる。
その後、ふたたび場所を移動して蕎麦を食べながら少しの日本酒で乾杯。
ジョイズウェイのスタッフたちと去年も行った新年最初の大切な行事だ。
行っている内容は変わりないが、しかしそれぞれが手を合わせ祈っている内容は去年とは完全に違っていると思う。
おとそを味わい、いい気持ちになるという行為は同じだけど、そのほろ酔い気分の頭で考えている今年の抱負は、去年のそれとは違っているはずだ。
今年のジョイズウェイに、自然期待が高まる。
January 07, 2007
January 06, 2007
携帯電話のすごさに今ごろ・・・
大晦日にドイツにいるオペラ歌手のIさんから携帯にメールが来た。
へぇ、すご〜いと感心して返信。「これって届くのでしょうか?」と。
そしたら、すぐにまた本人から返事。「届いてますよ」だって。
すごいね。
便利だね。
ボクがサンフランシスコに住んでいたころなんて、日本に電話するのに勇気が必要だった。数分しゃべって何千円とお金かかったし、なんか呼び出しトーンが違って受話器から聞こえてくるたびに緊張していた。
ボクの頭の中には、広い広い海を抵抗飛行で渡っていく電波くんが、日本列島にたどり着こうとしている図が見えていたっけ。
初めてFAXやりとりしたときも、すごいなぁ、こんな細い電話線の中を図とか文字が通ってきているんだと、かなりストレートに感動した。
それが今では、携帯電話で絵文字も文字も写真も簡単にやりとりできてしまう。
もうホームシックにかかる子なんていないんじゃないだろうか?
ただただ、感心してしまった年末のボクでした。
へぇ、すご〜いと感心して返信。「これって届くのでしょうか?」と。
そしたら、すぐにまた本人から返事。「届いてますよ」だって。
すごいね。
便利だね。
ボクがサンフランシスコに住んでいたころなんて、日本に電話するのに勇気が必要だった。数分しゃべって何千円とお金かかったし、なんか呼び出しトーンが違って受話器から聞こえてくるたびに緊張していた。
ボクの頭の中には、広い広い海を抵抗飛行で渡っていく電波くんが、日本列島にたどり着こうとしている図が見えていたっけ。
初めてFAXやりとりしたときも、すごいなぁ、こんな細い電話線の中を図とか文字が通ってきているんだと、かなりストレートに感動した。
それが今では、携帯電話で絵文字も文字も写真も簡単にやりとりできてしまう。
もうホームシックにかかる子なんていないんじゃないだろうか?
ただただ、感心してしまった年末のボクでした。
January 05, 2007
2007のスケジュール管理
今年に入って2日さっそく、仕事のアポイントで人と会った。
これから約3ヶ月が、去年にも増して怒濤のスケジュールとなっている。
ボクとしては、どれひとつとしてクオリティを下げることなく全うしたいプロジェクト。その時間管理をしていただく人を立てようと思っている。その打ち合わせ。
以前のように、ただ目の前にある仕事に全力で・・というだけでは、さばき切れなくなった現状。とてもうれしいことだが、ただ喜んでばかりもいられない。
効率よく、前後の流れを意図的に創りながら、前へ進んでいくことが肝要だ。
そうしないと、途中でダウンしてしまうか、破綻してしまうだろう。
あまりにも、やるべき事が多岐に渡りすぎている。
今年最初の打ち合わせをしながら、
ああ、新しい年の仕事が始まったなぁと、ちょっと感慨にふけった。
これから約3ヶ月が、去年にも増して怒濤のスケジュールとなっている。
ボクとしては、どれひとつとしてクオリティを下げることなく全うしたいプロジェクト。その時間管理をしていただく人を立てようと思っている。その打ち合わせ。
以前のように、ただ目の前にある仕事に全力で・・というだけでは、さばき切れなくなった現状。とてもうれしいことだが、ただ喜んでばかりもいられない。
効率よく、前後の流れを意図的に創りながら、前へ進んでいくことが肝要だ。
そうしないと、途中でダウンしてしまうか、破綻してしまうだろう。
あまりにも、やるべき事が多岐に渡りすぎている。
今年最初の打ち合わせをしながら、
ああ、新しい年の仕事が始まったなぁと、ちょっと感慨にふけった。
January 04, 2007
ゲラチェック入りました
2月末か3月頭に出版予定の新刊「夢を燃やす本」のゲラチェックに入った。
ゲラチェックは、原稿執筆と同じくらい大変な創作作業だ。創作といっても、執筆のようにゼロから創るわけではないが、一度自分で作り上げたモノを丁寧に読んでいく。
特に著者本人として、本当に伝えたい事が書けているかのチェック。
時にいち読者として、本当に伝わって来るだろうかというチェック。
まあ、大抵は原稿用紙が真っ赤になる。
ページの端を折ったり、付箋をしたり、メモ書きを挟んだりと、図画の時間のように紙を切ったり貼ったりしていく。
この作業の後は、もう誤字脱字のチェックくらいになってしまうので、著者としては慎重にならざる終えない。
マガジンハウスから初めての本を出したときは、「ゲラ」だとか「校正」の意味がよく分からず、のんきに構えていた。
今思うと、知らないってホント恐いし、本人は平気の平左なんだよね。
ゲラチェックは、原稿執筆と同じくらい大変な創作作業だ。創作といっても、執筆のようにゼロから創るわけではないが、一度自分で作り上げたモノを丁寧に読んでいく。
特に著者本人として、本当に伝えたい事が書けているかのチェック。
時にいち読者として、本当に伝わって来るだろうかというチェック。
まあ、大抵は原稿用紙が真っ赤になる。
ページの端を折ったり、付箋をしたり、メモ書きを挟んだりと、図画の時間のように紙を切ったり貼ったりしていく。
この作業の後は、もう誤字脱字のチェックくらいになってしまうので、著者としては慎重にならざる終えない。
マガジンハウスから初めての本を出したときは、「ゲラ」だとか「校正」の意味がよく分からず、のんきに構えていた。
今思うと、知らないってホント恐いし、本人は平気の平左なんだよね。
January 03, 2007
おみくじを引いたよ。生まれて初めて!
そういえば、ボクはおみくじを引いた。
生まれて初めてのおみくじだった。
ボクは、ああいう類のものは極力やらないことにしている。
あんなもの当たるわけがないから・・・と云いたいところだが、そう頭で思っていながら、「凶」とかが出てしまったら、しばらくずっと気にしてしまう自分が見えているからだ。
周囲がおみくじを引くのを見て、ああだこうだ云う一番煩わしい存在がボクだった。
そのボクが、今年はおみくじを引いた。
六角の箱の中から出てきた棒には数字が刻印されていた。
その数字は「7」。
ラッキーセブンだ!と思ったが、神道的には必ずしもラッキーではないかもしれないと思い直し、神妙にくじを受け取った。
開くと、そこには「中吉」の文字。
結果が分かってしまえば、ふ〜んという感じだね。
ひとつ疑問がある。
おみくじは、棒の数字によって、その番号の引き出しの中からくじを取って渡してくれる。ということは、棒の数字がすべてを決めているのだろうか?
それとも、同じ数字の引き出しの中にいろいろな「大吉」や「中吉」「凶」等がランダムに入っているのだろうか?
つまり、続けて同じ数字を引いた場合は、必ず同じおみくじをもらうことになるのか?それとも、そうではないのか?
すご〜く、気になってしまった。
ボク自身のイメージングで、引いた「中吉」を、「大吉」に変えてやる!
と、心に決めて神社を後にした。
生まれて初めてのおみくじだった。
ボクは、ああいう類のものは極力やらないことにしている。
あんなもの当たるわけがないから・・・と云いたいところだが、そう頭で思っていながら、「凶」とかが出てしまったら、しばらくずっと気にしてしまう自分が見えているからだ。
周囲がおみくじを引くのを見て、ああだこうだ云う一番煩わしい存在がボクだった。
そのボクが、今年はおみくじを引いた。
六角の箱の中から出てきた棒には数字が刻印されていた。
その数字は「7」。
ラッキーセブンだ!と思ったが、神道的には必ずしもラッキーではないかもしれないと思い直し、神妙にくじを受け取った。
開くと、そこには「中吉」の文字。
結果が分かってしまえば、ふ〜んという感じだね。
ひとつ疑問がある。
おみくじは、棒の数字によって、その番号の引き出しの中からくじを取って渡してくれる。ということは、棒の数字がすべてを決めているのだろうか?
それとも、同じ数字の引き出しの中にいろいろな「大吉」や「中吉」「凶」等がランダムに入っているのだろうか?
つまり、続けて同じ数字を引いた場合は、必ず同じおみくじをもらうことになるのか?それとも、そうではないのか?
すご〜く、気になってしまった。
ボク自身のイメージングで、引いた「中吉」を、「大吉」に変えてやる!
と、心に決めて神社を後にした。
January 02, 2007
初詣で、すること
みなさんは、お正月をどうお過ごしか?
お正月ならではの、何か特別な時間の過ごし方をしているだろうか?
小さな事でいい、正月じゃなかったら、まずしないこととか、お正月にしかできないこととか。
ボクは昨日初詣に行って来た。
地元にあるこぢんまりとしたアットホームな神社。子供の頃は明治神宮が地元だったので、神社とは、なんかとてつもなく大きなモノで親近感があまり湧かなかった。
そんなこともあって大人になってからは、川崎大師や明治神宮といった全国から人々が集まってくるような大きな神社ではなく、地元のこぢんまりとした神社をお参りするようになった。
ボクは、ここで甘酒を飲む。それに生姜をたくさん入れて飲む。喉にひりひりとした刺激を感じ、さらに味が締まってうまい。ボクにとって、これは正月の儀式みたいなもの。
そして、もう一つ初詣ならではのボクの行動。
それは、お好み焼きを買うこと。(正式名は大阪焼きだったかな)
実は、ボクはお好み焼きを好きではない。普段はめったに食べない。ほとんど食べないといっていい。ソースとマヨネーズの味しかしないし、特にあのかつお節の揺らめきが、バカにされているようで妙に反抗心むき出しで抵抗してしまう。
普段はそこまで嫌っているのに、初詣ではそれを楽しみにして買っている自分がいる。
まあ、ボクの味覚なんて気分が九割影響してるということだね。
お正月ならではの、何か特別な時間の過ごし方をしているだろうか?
小さな事でいい、正月じゃなかったら、まずしないこととか、お正月にしかできないこととか。
ボクは昨日初詣に行って来た。
地元にあるこぢんまりとしたアットホームな神社。子供の頃は明治神宮が地元だったので、神社とは、なんかとてつもなく大きなモノで親近感があまり湧かなかった。
そんなこともあって大人になってからは、川崎大師や明治神宮といった全国から人々が集まってくるような大きな神社ではなく、地元のこぢんまりとした神社をお参りするようになった。

ボクは、ここで甘酒を飲む。それに生姜をたくさん入れて飲む。喉にひりひりとした刺激を感じ、さらに味が締まってうまい。ボクにとって、これは正月の儀式みたいなもの。
そして、もう一つ初詣ならではのボクの行動。
それは、お好み焼きを買うこと。(正式名は大阪焼きだったかな)
実は、ボクはお好み焼きを好きではない。普段はめったに食べない。ほとんど食べないといっていい。ソースとマヨネーズの味しかしないし、特にあのかつお節の揺らめきが、バカにされているようで妙に反抗心むき出しで抵抗してしまう。
普段はそこまで嫌っているのに、初詣ではそれを楽しみにして買っている自分がいる。
まあ、ボクの味覚なんて気分が九割影響してるということだね。
January 01, 2007
計は計画に非ず、宣言に非ず、期待なり
みなさん、新年明けましておめでとうございます。
2007年を迎えましたね。
昔から「一年の計は元旦にあり」なんて云いますが、
「計」は計画ではなく、宣言でもなく、「期待」だと私は思う。
「始まったばかりの新しい一年、そこにいる新しい自分。その自分に期待する」
そんな新しい自分として、さあ、今年は何をしようか。
どんなことに手をつけようか。
一体何を成し遂げるんだろうか。
期待に胸が鳴る。
肝心なのは、この期待に胸が鳴り踊ることだ。
どんな立派な計画よりも、元旦の今日、未来の自分をイメージしてワクワクすることが、始まったばかりの新しい一年の行方を決めてくれる。
ぜひ、今日は酔った頭を一瞬だけしらふにして、自分の心に意識を向けよう。
さあ、今年は何をしでかしてやろうか!
2007年の私、ジョイ石井に期待あれ!
2007年を迎えましたね。
昔から「一年の計は元旦にあり」なんて云いますが、
「計」は計画ではなく、宣言でもなく、「期待」だと私は思う。
「始まったばかりの新しい一年、そこにいる新しい自分。その自分に期待する」
そんな新しい自分として、さあ、今年は何をしようか。
どんなことに手をつけようか。
一体何を成し遂げるんだろうか。
期待に胸が鳴る。
肝心なのは、この期待に胸が鳴り踊ることだ。
どんな立派な計画よりも、元旦の今日、未来の自分をイメージしてワクワクすることが、始まったばかりの新しい一年の行方を決めてくれる。
ぜひ、今日は酔った頭を一瞬だけしらふにして、自分の心に意識を向けよう。
2007年の私、ジョイ石井に期待あれ!





















